また別の話。
SIDE:仁志
息苦しい沈黙を迎えた瞬間、失敗したと思った。
部屋でのことだ。
生徒会役員の特別待遇を断って、光と同じ個室に宿泊することを希望した。
キャンプのときと異なり、仕事で抜け出すことなく友人と観光を満喫できた。
今までは修学旅行などさして興味もなかったけれど、意外なほど楽しんでいる自分がいて驚きつつも納得した。
光がいるからだ。
自分が気に入っている少年は、冷静なふりをして沸点が低かったりと、非常に面白い内面の持ち主で、一緒にいて退屈することがない。
人好みの激しい仁志にも友達と呼べる人間は何人かいるが、光ほど相性のいい友達は初めてだった。
その彼に、すべてを話すと言われて、まだ一月も経っていない。
失踪していたくせに平然とした顔で、再び仁志の前に現れた光の口から、待ってくれと言われてから、大した時間も経っていないのに。
焦ってしまった。
待ってやると答えた自分は、催促をしてしまった。
光が打ち明けようとしている秘密が、彼にとってどれほど重大なのかなど、震える声音を聞いて分かっていたのに馬鹿だ。
どうしようもないほど、馬鹿だ。
部屋を出る前に聞いた、息を呑む小さな悲鳴が、鼓膜に張り付いて離れない。
中階にある大浴場は予想通りガランとしていて、気持ちよく湯船に浸ることが出来たが、部屋が近付けば近付くほど後悔の思いが湧き上がる。
後悔しているくせに、知りたいと思う気持ちはちっとも治まらない。
催促をしてしまったせいで、光は悩んでいるかもしれない。
まだ話せていないと、自己嫌悪に陥る可能性は十分ある。
己もまだ気持ちの切り替えが済んでいないし、少しどこかに寄って行こうと、仁志はエレベーターホールに足を向けた。
大浴場を梯子するのもいいかもしれないな、なんてぼんやり考えつつ、上階のボタンを押す。
修学旅行のために貸し切ったホテルには、碌鳴生の姿がなければ客など当然いない。
無人の大浴場を想い浮かべつつ、エレベーターを降りて真っ直ぐに通路を進んだ。
「またまたー、先生だれにでもそういうこと言ってんでしょ?」
「俺がそんなやつに見えるか?」
「タラシに見えるけど?」
「大人をからかうなっ」
あははっと軽い笑い声が先の方から流れてくる。
どちらの声も知っていて、仁志はそのまま回れ右をしたくなった。
こんなカップル紛いの会話をしている中に、入って行きたくなどない。
人目がないとはいえ、いい迷惑だ。
不満も露に舌打ちが漏れる。
踵を返しかけた仁志は、しかし次に耳に聞こえた会話に足を止めた。
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