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空いている大浴場は心惹かれるが、変装している身としては部屋風呂を使うのが当然の選択である。
取りとめもないことを考えるのは、間もなく訪れる告白のときを意識しないためだった。
それでも浴衣姿で脱衣所から出た光は、部屋に誰の姿もないと分かると、ほっと胸を撫で下ろしてしまったのだけれど。
冷水で喉を潤し、仁志が戻ってくるのを待つ。
耳障りな鼓動を意識から弾き出し、窓辺のソファに座って膝を抱える。
だが、いくら待ってもドアが開く音がしない。
気になって時計を見れば、彼が出てからもうそろそろ二時間が経つ。
何をやっているのか。
本調子でないときに長風呂はよくないと考え、ハッとした。
敢えて、部屋に戻って来ないのでは。
先ほどのやり取りに落ち込んで、もう暫く帰って来ない可能性は容易に想像できた。
あの時、自分が言葉に詰まったせいで、余計な心苦しさを与えてしまったのかもしれない。
ここで緊張しながら待っていては、身が持ちそうになかった。
「少し、散歩でもするかな」
真実を明かすときに面倒だと、コンタクトは入れていなかったが鬘と眼鏡はかけている。
光は館内履きのスリッパから、外出用の下駄に履き替えると、携帯電話とルームキーだけを持って部屋を後にした。
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