嵐の修学旅行。
空に突き刺さるような木々を、首が痛くなるまで見上げていた。
長い歳月をかけてぐんっと身を伸ばしながら、この静謐な空気に在り続けたのかと思うと、柔らかな吐息が漏れる。
今しがた見学して来た寺社を振り返れば、修繕を繰り返しながら味を増して行く姿が眼に入った。
修学旅行、初日。
宿泊するホテルに荷物を預け昼食を終えるや、プログラムは自由行動。
通常ならばチェックインには早すぎる時間だが、そこは碌鳴ルールが適用されるのだろう。
各生徒が思い思いの場所へ散って行く中、光は同室の仁志を連れてこの大社へとやって来ていた。
上諏訪ならば、まずはここ。
事前に調べて、すぐに見学を決めた。
だが周囲を見回しても碌鳴の制服はまばらだ。
興味深げに目を動かしている仁志に、光は問いかけた。
「なぁ、他の生徒ってどこ見てるんだと思う?」
「あ?あぁ、部屋で寛いでるのが二割、美術館系が五割で、あとは遊覧船か白樺湖や美ヶ原高原の方まで行ったか」
「色んな美術館あるもんな、この辺って」
確か調べたときには、有名な作家の美術館だけでなく、オルゴールやテディベアの美術館まであったはずだ。
どちらかと言えば女の子向けの気もするが、学院生ならば喜びそうだ。
観光地が満載で、生徒の自由行動にしても支障はなさそうだった。
「他の生徒が少ないから、みんなどうしてるのかと思ってさ」
「騒がしくされなくていいだろ。あいつら馬鹿みたいにうるせぇからな」
心底嫌そうに眉を顰める仁志に、笑って同意を示した。
修学旅行という響きは、それだけで気分を高揚させる。
学院行事での外泊はサマーキャンプで経験済みでも、心穏やかに観光地を回れるとなれば浮き足立つ。
境内の案内図に沿って歩いてきた二人が、入り口まで戻って来たときには、すっかり満足した気分だった。
「ん?あれあれ、そこにいるのはアキと光ちゃんだろ?」
「あ、渡井」
背後からかけられた声に振り返ると、そこにはたった今やって来た様子の学院ホストがいた。
隣にいる生徒は彼のお客だろうか。
サイドに流した前髪と、フルリムの眼鏡が印象的な綺麗な顔立ちをしている。
身長は光よりも低い。
仁志はにこにこと人好きのする笑顔の渡井を無視して、その生徒にのみ挨拶をした。
「よぉ、野家」
「どうも。長谷川も、こんにちは」
ふわりと微笑みを向けられ、光は内心どきりとした。
まるで慈しむような笑顔を、初対面の人間から貰えるなんて思いもしなかった。
- 407 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]