保護者の懸念。
SIDE:木崎
「それで、さ。俺、話してもいいかな」
ほんのりと目の縁を赤くした千影に上目で見られて、木崎は了承の台詞を喉元に押し留めた。
この子供が自分の欠点を自覚し改善に向かってくれるのなら、問題のない仁志に正体を話しても構わない。
長期間同じ世界に属し、関係を深めて行けば、悩みやすい千影のことだ。
いずれは口にすると思っていた。
何より、木崎としても千影に友達が出来るのは嬉しい。
当初の狙いに近付いてもいる。
だが、どこか恥らうようにも見える相手の姿に、一抹の不安が過ぎった。
激しい動揺をどうにかこうにか胸中に隠し、優雅に足など組んでみる。
「ち、千影くん。一つ確認してもいいかな」
「武文、口調変だぞ」
「変ではない、まったく変ではない。いいから俺の質問に答えろ」
「なんだよ」
訝しげな目線など何のその。
取り繕った余裕も空しく、鬼気迫る勢いに千影が引いていることなど気付けない。
保護者にとって重要なのは、次のことだけだ。
「仁志 秋吉とは、友達になりたいんだよな?」
「は?」
「それ以上のことではないんだよな?な?」
「何言ってんだよ、武文……」
呆れ果てて言葉もない、と千影が盛大に嘆息を寄越した。
しかし木崎にとっては大問題だ。
学院の風潮に身を置いてきた彼が、あれほど熱心に友達になりたいと言って来たのである。
これはもしかすれば、もしかするのではないか。
邪推と分かっていても疑ってしまう。
別に千影の恋愛事情に口出しをするつもりはない。
たぶん、ない。
いつの日か現れるであろう相手を、見定めるつもりではいるが、性別に関してケチをつけるつもりはないのだ。
しかし頭と心はある意味では別物である。
万が一、仁志に対する千影の気持ちが、この学院の特色的なものだとしたら。
ものだと、したら。
三日ほど飲み明かしてもいいだろうか。
「好きなやつが出来たんだな!」と、赤飯を炊いてやるのは難しい。
そもそも木崎は赤飯を炊けない。
「……どうなんだ?」
調査員としての真面目さとは正反対の真面目さで、外していた眼鏡をかけ直す千影を凝視した。
子供は乱れていた前髪を、元のように整え席を立つ。
「武先生」
「な、なんですか、長谷川くん」
にっこりと満面の笑みで見下ろしてきた光は。
「くだらないこと訊いてるヒマがあるなら仕事しろ、年齢詐称保健医」
地を這う低音で凄むや、足取りも荒く保健室を出て行った。
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