◇
言われるがまま記憶を振り返った。
光が仁志にすべてを話すと決意したのはごく最近でも、友達になりたいと思ったのは随分と前のこと。
中庭の噴水で綾瀬と会ったとき?
いいや違う。
あのとき初めて感情に輪郭が生まれただけで、光はもっと前からその想いを抱いていた。
いつだ。
いつ友達になりたいと思った。
仁志を欺く罪悪感が芽生えたのは、いつだ。
「七月の……最初……」
光に違和感を持った仁志が、こちらを避け始めたとき、光は調査員としてしか仁志と接することの出来ない自分を、嫌悪した。
それはつまり、ありのままの自分で彼と向き合いたいと思ったということではないか。
零れ落ちた呟きに、木崎が深く息を吐き出した。
「そんな前からか……」
呆れが滲む声に、どきりとする。
長期間に渡る調査妨害をしていたのだから当然だ。
見放されても仕方がない。
強く握り過ぎた拳が、白く見えた。
「光、顔上げてこっち見ろ」
「……」
「千影」
調査員としてではない、保護者としての呼びかけに、ハッと彼に顔を向けた。
ぶつかったのは、呆れの中にも優しさを含んだ木崎。
出来の悪い子供を見るように、苦笑を浮かべている。
「武文、俺は」
「自信を持て。お前、あいつと友達になりたいと思ったんだろ?お前が、仁志 秋吉と友達になりたいって、そう思ったんだろ?」
思った。
ずっと前から、思い続けてきた。
「お前が友達になりたいと思う人間が、ダークサイドにいるわけないだろうが。お前がそう思った時点で、あいつは売人なんかじゃないんだよ」
くしゃりと、紛い物の髪をかき混ぜられる。
千影は気付いていた。
仁志に売人が不可能だということに、非常に早い段階で気付いていた。
けれど確証が得られないがために、ずっと候補から外すことも出来ず、調査員としての自覚と本音の狭間で懊悩していた。
もっと早く疑うことを止めてもよかったのに、自分の勘を認めるだけの自信がなくて、今日まで引き伸ばしてしまったのだ。
自信は、己への信頼だ。
千影は他人の信じ方が分からなかっただけではない。
自分の信じ方すら、分かっていなかったのだ。
「もっと自分を信じろ。それだけのものを俺はお前に教えてきたし、お前は自負するだけの能力も持っている。否定するだけじゃ、いつまで経っても変わらないんだ」
自己否定が得意というのは知っていた。
何かと自分の欠点を見つけて、自己嫌悪ばかりしてきた。
けれどそれが、調査に影響を及ぼすほどだったとは、思いもしなくて。
真実改めるべき自分の性質に、気付いていなかった。
もう少しだけ、自分を信じてみてもいいのかもしれない。
だって穂積も言っていた。
何度も繰り返し呟いたのに、分かっていなかった。
時には考えるより本能に従うことが、最善だと言っていたのに。
ネガティブも度が過ぎる自分に、笑いが込み上げる。
頬が緩んで全身から力が抜けて。
目の奥が熱くて、どうにもならない。
「……勘なんかで、判断していいのかよ。調査なのに」
「お前に足りないのは自信だが、悪いところは考えすぎるところだな」
「じゃあ武文は、悩んだり迷ったりしない?」
「愚問だな少年よ!俺なんて勘で捕まえるかどうか決めてる」
あまりにも極端な発言を、やけに格好いい笑顔で言うものだから、光は泣き笑いみたいに目を細めた。
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