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取引のたびに仁志のいた居場所に時間差で訪れれば、書記方や親衛隊の目に留まらないはずがない。
ノートの受け渡しなどした日には、買い手の生徒は明日も危ぶまれる。
ドラッグどころではないのだ。
丁寧に説明する間、木崎はやはり表情を崩さぬまま、捜査官の顔をして耳を傾けていた。
さて、本番はここから。
ここから先は、光個人の気持ちだ。
掌は汗で湿っているのに、口の中は干乾びそうだった。
「それで……。俺、俺は、仁志の傍にいて、仁志と本当の友達になりたいと思ったんだ」
「本当の友達?」
木崎の眉が小さく反応する。
微細な変化に心臓が大袈裟なほど跳ねた。
ありのままの感情を吐き出す緊張は、脆い足場にいるような不安定な感覚に陥らせた。
「居心地がよくて、気が合って、話すと楽しいし避けられるとキツイ。今までの潜入先でやっていたような、適当なやり取りとは全然違う。友達になりたいって、初めて思った」
面倒を見てくれた六月、ぎこちなかった七月、表面上の平穏を取り戻した八月と、距離が縮まった気のする夏の終わり。
学院に来てからの光の記憶には、仁志の存在が不可欠。
「仁志は、俺に何か違和感を感じ取ってる。「長谷川 光」を不審に思っているっていうより、「長谷川 光」の存在に不安を抱いてるんだ。本当はどこにもいない「光」に、無意識で気付いている。俺は「光」じゃなくて、「千影」として仁志と向き合いたい」
「……」
「ずっと騙してたことを話せば、仁志との関係は壊れてしまうかもしれないけど……。それでも俺は、ありのままの俺で仁志と友達になりたいんだ。仁志に、全部話させてくれないか、武文」
真意の読めない相手の双眸を、光は怯えを抱えたまま一心に見つめた。
虚像として向き合うのは、もう終わりにしたい。
仁志とはきちんと本音で対峙したい。
向けられる真剣な気持ちに、光もまた真剣な心で返せるようになりたかった。
保健室に落ちた沈黙。
時計の秒針が進む音が、やけに耳に付いた。
視線の交わりを終らせるため、一度だけ目蓋を落した男は、それからゆっくりと瞳を開いた。
再びぶつかる眼。
木崎の唇が言葉を紡ぐ。
「それをなぜ、今言った」
「……仁志を、信じる気持ちに」
「違う。お前が仁志 秋吉を売人じゃないと判断した、その根拠と推論を、何で今まで言わなかった」
「ぁ……」
硬い声音を伴って、男の鋭い眼光が突き刺さった。
胸を貫く台詞に、愕然となる。
数えるほどしか受けたことのない、捜査官としての糾弾だ。
「お前が仁志 秋吉を容疑者から外すことは、もっと前に出来たはずだ。今語ったことを、今の今まで俺に言わなかった理由は何だ」
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