一人苦笑していたところで、齎されたノック。

武は意識的に作った穏やかな声音で「どうぞ」と入室を促した。

「失礼します」
「あぁ、長谷川くん……って、どうした、光?」

扉を閉めたのは、今まさに思いを馳せていた相手だった。

手にするスクールバッグに目聡く気付くも、光の難しい表情に問う。

「あ、うん、ここに来る途中でちょっと……」

言葉を濁して曖昧に笑うときは、言うつもりのない証拠だ。

肝心なことを言わない光の性格の原因も、先の疑問に結びつくと考え密かに柳眉を寄せた。

「そこ、座れ。早退か?」
「その逆」
「遅刻?珍しいこともあるな、なんだ夜更かしか?」
「嬉しそうに言うなよな……」

つい緩んだ口を指摘される。

幼い時分から年相応の環境にいなかったせいで、光の「普通の男子高校生」らしい姿を見られるのは非常に喜ばしい。

木崎の高校生時代など、昼に起きたり夜遊びしたり、サボったり居眠りしたり、喧嘩と勉強と恋愛とで暑苦しくも忙しく青春していた。

これまで光とは無縁だったそれらを、今まさに子供は経験しているらしい。

彼に言うつもりはないけれど、一時間目の体育をこっそり覗きに行こうと考えていた。

生憎、体調不良の生徒が来てしまって断念せざるを得なかったが、遅刻で欠席したのなら行かなくて正解だった。

「お前も高校生が板について来たな」
「褒められてんの、それ」

呆れた風に笑う光に、目を細めた。

「で、何しに来たんだ?授業全部サボるつもりじゃないんだろ」
「……」

本題は何だと言うと、光の顔から笑みが引くのが分かった。

丸い椅子に腰掛けた少年は背筋を伸ばし、緊張した面持ちでこちらを見やる。

膝上の両手がぎゅっと握り締められた。

光にとって重要なことが告げられるのだと、木崎は直感した。

「武文」

男の本名を呼ぶ声は、張り詰めた空気を揺らす。

「仁志に、話したいんだ。全部」




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