◇
一人苦笑していたところで、齎されたノック。
武は意識的に作った穏やかな声音で「どうぞ」と入室を促した。
「失礼します」
「あぁ、長谷川くん……って、どうした、光?」
扉を閉めたのは、今まさに思いを馳せていた相手だった。
手にするスクールバッグに目聡く気付くも、光の難しい表情に問う。
「あ、うん、ここに来る途中でちょっと……」
言葉を濁して曖昧に笑うときは、言うつもりのない証拠だ。
肝心なことを言わない光の性格の原因も、先の疑問に結びつくと考え密かに柳眉を寄せた。
「そこ、座れ。早退か?」
「その逆」
「遅刻?珍しいこともあるな、なんだ夜更かしか?」
「嬉しそうに言うなよな……」
つい緩んだ口を指摘される。
幼い時分から年相応の環境にいなかったせいで、光の「普通の男子高校生」らしい姿を見られるのは非常に喜ばしい。
木崎の高校生時代など、昼に起きたり夜遊びしたり、サボったり居眠りしたり、喧嘩と勉強と恋愛とで暑苦しくも忙しく青春していた。
これまで光とは無縁だったそれらを、今まさに子供は経験しているらしい。
彼に言うつもりはないけれど、一時間目の体育をこっそり覗きに行こうと考えていた。
生憎、体調不良の生徒が来てしまって断念せざるを得なかったが、遅刻で欠席したのなら行かなくて正解だった。
「お前も高校生が板について来たな」
「褒められてんの、それ」
呆れた風に笑う光に、目を細めた。
「で、何しに来たんだ?授業全部サボるつもりじゃないんだろ」
「……」
本題は何だと言うと、光の顔から笑みが引くのが分かった。
丸い椅子に腰掛けた少年は背筋を伸ばし、緊張した面持ちでこちらを見やる。
膝上の両手がぎゅっと握り締められた。
光にとって重要なことが告げられるのだと、木崎は直感した。
「武文」
男の本名を呼ぶ声は、張り詰めた空気を揺らす。
「仁志に、話したいんだ。全部」
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