たりないもの。
SIDE:木崎
コンコンッと、ノック音が響いたのは三時間目もそろそろ終盤に差し掛かる時刻だった。
保健医に着任して数週間。
武としての日々を、木崎はそれなりに楽しんでもいた。
全寮制の男子校では見目が良いほど待遇も格別だと教えられ、この変装を選んだのだが、まさか休み時間のたびに誰かしら生徒が現れるとは、予想以上の結果である。
保健室を訪れるのは、女の子と見紛うような可愛らしい生徒から、長身の木崎よりも上背がある生徒まで様々。
ストライクゾーンを同性に置いていない保健医にとっては、熱っぽい視線を受けるのは何とも言い難いが、自分の一挙手一投足に狼狽したり赤面する生徒たちを見るのは面白い。
相手の反応を予想して、思わせぶりな態度を取ったり意味深な発言をしたり。
子供には年齢詐称だ更年期だと言われるも、まだまだ自分も捨てたものじゃないなと思う。
お陰でこの短期間の内に学院の事情は粗方把握した。
家柄が最重要視されること、次いで容姿を含めた個人的資質が問われること、生徒会役員を筆頭に人気のある生徒にはファン組織が構成されること。
学院のタブーに悉く抵触した転校生、長谷川 光が疎まれていることまでも、木崎は仕入れていた。
インサニティが流行しているのは、生徒間でのこと。
彼らの中に入って行かなければ、情報など簡単には入手できない。
容姿が優れている方が、幾分調査がしやすいと分かっていれば、光にあの根暗な格好をさせなかったのに。
同時に、この箱庭に流れる特殊な風潮のターゲットになっていたかもしれないと考え、やはりあの変装で正解だったかと思い直す。
劣悪な調査環境の下、光はよく重要な情報を取ってきたと感心する。
学院に売人がいるという確信は、調査の的を絞ることに多いに役立った。
二学期にあって渡されたリストもよく出来ていたし、須藤には木崎も何かがあると踏んでいた。
問題は、仁志 秋吉。
赴任日に初対面を遂げた、光が張り付いている生徒は、大よそドラッグの売人など出来る性格ではない。
一度会っただけで分かったのだ。
六月から共に過ごす光なら、当の昔に容疑者から外していてもいいはずなのに、なぜ注意を続けているのか。
保健室に来る生徒、主に可愛らしい外見の生徒から聞かされた光の噂。
仁志の友達を気取っている、仁志とほとんど一緒にいる、認めたくないけれど彼らの仲に割って入れそうにない。
羨望六割、妥協三割、憎悪一割といった比率か。
押し倒し疑惑を持たれた際、あの不良から叩き付けられた怒りは本物で、彼が光を友達と思っているのは間違いないだろう。
その意思は周囲の生徒へも知れ渡っているようで、諦めた様子の生徒も多かった。
仁志の態度、光の態度と性格、照らし合わせれば導き出される解は一つきり。
まったく難儀な子供だ。
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