少年は教室に寄ることなく、鞄を手にしたまま本校舎の一階を、目的地に向かって進んでいた。

人気のない廊下は静まり返り、物思いに沈むには最適だ。

意識を浮上させたのは、対面から歩いてくる存在に気付いたためだった。

「ん?おい、長谷川かっ」
「はい?」

顔を確認して、光はしまったと内心舌打ちをした。

スポーツブランドのジャージを身に着けた長身の男は、体育科の佐原だ。

若い教員の多い碌鳴の中で、ご多分に漏れず二十台半ばの上、顔がいい。

爽やかなスポーツマンを思わせる容姿と、気さくな性格から生徒たちからの支持も篤い、B組の担任教師。

だが光にとっては、相性のいい相手では決してなかった。

先学期に一度、授業をサボったときに保健室へ確認を取られ、次はないと脅かされていた。

佐原は光の手にする学生鞄を見つけ、不快感も露にした。

「重役出勤か。偉くなったもんだな、お前」
「……少し、風邪気味だったので」
「で、二度目のサボリか?もっとマシな言い訳を考えろ。前に言ったな、次はないと」

そうだ。

光が夢の中にいたころ行われた一時間目は、この佐原の体育だったのだ。

授業以外で会うことなど滅多になくて、つい油断していた。

次の体育の際に真っ先に謝りに行けばいいかな程度にしか、考えていなかった。

まさか、こんなに早く遭遇するとは。

しかも先制を許してしまう失態だ。

「すいません」
「大体、お前こんなところで何やってる。さっさとクラスに行かないか」
「あの、保健室に薬を貰いに行こうかと」

風邪気味という設定を使った言い訳を、相手は鼻で笑った。

こんな態度、他の生徒には絶対にしないくせに。

学院での光の立場を利用した高圧的な様子に、内心の不快感は凄まじいものがある。

「それで?武先生の優しさに付け込んで、今度は夕方まで保健室でサボリか。お前には一度はっきり言っておく必要がありそうだな」
「ちょっ、ちょっと待って下さい」

どうしてそうなる。

確かに風邪気味は嘘だが、彼が光の調子を推し量る術はないはず。

本当に体調が悪かったとしたら、どうするつもりだ。

強い力で手首を捕まれ、眉を寄せた。

「俺、本当に風邪気味でっ……」
「言い訳は体育教官室で、じっくり聞いてやる。ほら、来い!」
「いたっ」

抗うのを許さず、益々手に力を込められ骨が軋んだ。

「佐原先生、どうしました?」

緊迫した雰囲気に支配された廊下に響いたのは、第三者の声。




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