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「こんばんは、遅くにごめんね」
「こんばんは、俺の方こそわざわざ来てもらって、すいません。どうぞ」
お邪魔しますと言って入って来た相手に、常と違う様子は見受けられなかった。
まだ風呂にも入っていないのだろう、カチューシャ風に編みこみされたオレンジの髪と、初めて見た私服姿だ。
敢えて気になる点を上げるならば、この時期の生徒会役員の象徴とも言うべき隈が、薄っすらと目の下にあるくらいだ。
歌音にソファを勧め、自分はラグの上に直接胡坐をかいた。
「随分、片付いてるんだね。綺麗な部屋」
「物が少ないだけですよ。それで、どうしたんですか?逸見先輩にも秘密って、何かあったんですか」
真面目な問いかけに、歌音は苦笑を浮かべて首を横に振った。
その柔らかな微笑は以前見たもの同様に、外見はおろか年齢にもそぐわぬほど大人びていたけれど、どこか前とは異なっているように光の目には映った。
心配していたような、違和感とは違う微笑。
何が、違うのか。
「逸見には黙っておきたいのは、恥ずかしいからなんだ。大変なことが起こったわけじゃないから、心配しないで」
「それならどうして……」
「問題がね、解決したっていうのかな」
「え?」
彼はふわりと笑った。
「長谷川くんには、二回も助けてもらったから、お礼がいいたくて」
「お礼、ですか?」
「うん。前に絡まれているところを助けてくれたでしょう?僕が誰にも言わないでってお願いして、困らせちゃったりもして……ごめんね」
ペコリと下げられた頭に、ハッとした。
「そんなっ。俺が勝手に割って入っただけです」
「ううん。あのとき、僕は大丈夫だって言ったけど、本当は助かってたんだ。ありがとう」
蘇るビジョン。
一学期、光は遭遇したのだ。
歌音が逸見ファンに絡まれている場面に、二回も。
つい感情のまま手を出してしまった一度目も、見逃した二度目も、歌音は痛ましげに「誰にも言わないで」と口にした。
切なげに「自分の戦い」と言い切った。
理由が分からないながらも、彼の本気を感じ取って誰にも言わずにいた。
その問題が、解決したということは。
「気にしないでください。それより……」
「うん、そう。逸見に話したんだ、全部」
「全部って……」
「彼の親衛隊に絡まれていたことも、それを僕が受け入れていた理由も、僕の気持ちも全部」
何もかも、話した。
きっぱりと言い切った歌音の青い瞳は、澄んだ水面を思わせた。
光はその色合いに、感じた違和感の理由を悟った。
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