◇
胸に抱き締めた台詞を、お守りのように唇にのせた。
声に出さずに囁く。
それが一層、光の体を緊張で強張らせる結果になっていると、気付かぬまま。
ふぅっと肺に溜まった呼気を吐き出して、光はバスルームを出た。
時刻は二十二時に差し掛かるところだ。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、風呂上りの身を白いソファに沈めた。
と、テーブルの上に放置していた携帯電話が、味気ない着信音を響かせた。
こんな時間に誰だろう。
ディスプレイに表示された名前の珍しさに、慌てて通話ボタンを押し耳に当てた。
「もしもし?」
『もしもし。ごめんね、こんな時間に』
「いえ、大丈夫ですよ。でも、どうしたんですか、歌音先輩」
電話の向こうの先輩は、少し申し訳なさそうに答えを音にした。
『少し話したいことがあって。昼間はあまり時間が取れなくて、こんな時間にしか連絡できなかったんだ』
「生徒会、忙しい時期ですもんね。何かありました?」
『その、電話じゃ話づらいんだけど、今から会えないかな』
「え、今からですか?」
歌音がそのようなことを言うとは思わなくて、つい問い返してしまった。
本当に何かあったのかと、不安に駆られる。
『急なことだし、無理ならまた後日でいいんだ。ごめんね、突然こんな電話……』
「違いますっ。いいですよ、大丈夫です」
『本当?』
「はい、まだ寝るつもりもなかったですし。場所どうします?」
『逸見には秘密にしたいから、どこか人目につかない場所は……』
「なら、俺の部屋きます?」
側近にも知られたくないとは、やはり何かあったのだ。
寝室のクローゼットを開け、着替えを引っ張り出しつつ提案した。
人目のない場所と言えば、立ち入ることの出来る人間が限られた生徒会フロアほど、適しているところはない。
しかしあの会計方筆頭なら、生徒会フロアに入室した人間すべてをチェックし兼ねない。
歌音の部屋にこんな時間に訪れようものなら、どんな疑いをかけられるか。
ならば歌音に来てもらった方が、いくらか逸見に知られる危険は減るだろうと考えた。
『え、いいの?僕がお邪魔しちゃっても』
「問題ないですよ。歌音先輩さえよければですけど」
『ありがとう。本当、わがままばっかりでゴメンね』
「気にしないで下さい。俺の部屋40Aです、待ってますね。気をつけて来て下さい」
締めくくり、電話を切った。
光は寝巻き代わりのTシャツとスウェットから、適当な私服に着替えた。
急いで洗面所に走り、鬘とコンタクト、眼鏡という変装三種の神器を装着する。
リビングをぐるりと見回して、見られて困るものはないかと確認するが、元から片付いている部屋に余計なものは一切なかった。
作り置きしているアイスティーを用意したところで、部屋の扉がノックされた。
これほど広い部屋にインターホンがないのは問題だなどと、今更過ぎることを考えつつ鍵を外して扉を開けた。
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