解け行く心。
眼前に映る少年は、色素の薄いブラウンの髪を持っていた。
揃いの瞳は不可思議な奥行きを見せ、穏やかな印象を与える。
食い入るように眺めていた当人は、スイッチを切ったドライヤーをぎゅっと握り締めた。
この姿を、自分は晒そうとしている。
調査員として育てられ、調査員として学院に潜入した自分が。
向けられた一途な気持ちに応えるため、萎縮する気持ちを奮い立たせた。
「待ってほしい」と告げてから、二週間は経ってしまっている。
そろそろタイムリミットだと知っている。
けれど光はまだ、もっとも伝えなければならない相手に、告白する旨を話していないのだ。
和やかに過ぎた昼食を思い返す。
眉を寄せてはいるものの、仁志は武を邪険にしている風でもなく、驚きながらも安堵した。
笑顔でからかう武に喚く仁志の構図は、光にとってとても幸せなもの。
ただ、捨てることの出来ない息苦しさを感じるものでもあった。
武に、木崎に話さなければ。
仁志と友達になりたいと、仁志にすべてを明かしたいと。
話さなければと考えれば考えるほど、気持ちだけが加速して先に行ってしまう。
現実が伴わず、逸ってしまう。
木崎が武として学院に現れてから何度、保健室のドアを叩こうとしたか。
早く、早く、早く。
急く心のままに、扉をノックしたいのに。
持ち上げた手は石と変わり、ぴたりと動きを止めてしまう。
何をそんなに焦っているのかと、自分自身に問いかける。
すべてを話せば、何かが激変するとでも思っているのだろうか。
仁志の態度は変わるはずだが、実質変化するのはそれだけだ。
鋭い双眸にどの色がのせられるか、光が知る術はなくとも、彼が明かした秘密を口外する男ではないと知っている。
光は調査を続けて学院に残るし、告げたところで売人が出てくるわけでもない。
変わるのは、仁志だけだ。
特別なことはそれだけなのに、光は焦っている。
居た堪れないのだ。
真っ直ぐな視線と、「身内」と発する口と、心配を訴える存在すべてが、居た堪れなくする。
自覚してからその思いは一挙に勢力を増し、未熟な心を呑み込んでしまった。
仁志と正面から対峙したくて仕方がないから、こんなにも焦ってしまう。
仁志のために話すのではない、自分の、自分だけのために、光は己の正体を明かす。
怖くないと、言い聞かせる。
闇にも似た艶めく黒を、脳裏に描く。
時には考えるより本能に従うことが、最善のこともあるのだと、言われたではないか。
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