光ならば、自分の背景を知っても態度を変えないのではないか。

都合のよい期待が、ポンッと生まれた。

家名の威力は穂積個人を容易く飲み込むほどで、これまでその肩書きを意識せずに接して来た人間は極少数だ。

その少数の誰もが、自分と同じように「家」のしがらみに大なり小なり捕らわれていたからこそ、穂積の「家」を意識しないよう務めてくれたのだと思う。

この目の前の少年は、本人の言うとおり一般中流家庭の子供だ。

「穂積」に取り入ることが叶えば、大きなメリットがある。

話した途端、掌を返されるかもしれない。

なのに、穂積には確信にも近い期待が芽生えてしまったのだ。

光なら大丈夫。

明かそうが明かさなかろうが、これまでと変わらずただの「自分」を見てくれる。

不要な装飾のない「自分」を見て、受け入れてくれる。

今しがた脇に追いやった考えを、再び持ち出していることに、常よりもずっと鈍くなった穂積が気付くことはなかった。

「『HOZUMI』は先代が起こした巨大グループ企業だ。医療、金融、電子機器開発からレジャーまで、その他様々な業界に枝を伸ばしている。昨今の不況もどうにか上手くやっているし、世界十指に入る企業と言えるだろう」
「世界十指って……あんまりイメージが湧かないんだけど」
「そうか。ならセントラルランドを知っているか?」

週末になると家族連れやカップルで賑わう、国内随一のテーマパークの名前に相手は首肯する。

他の国にも展開している、知名度の高い施設だから知っているはずだ。

「あれも「HOZUMI」の運営する施設だ。あぁ、寮に戻ったらテレビを見てみろ。オーディオ系にはHOZUMIの文字が入っていると思ったな」
「え、あ、HOZUMIってあのパソコンとかテレビのHOZUMIっ!?」

身近なものを出されて、ようやく繋がったらしい。

目を丸くして驚いている。

HOZUMIが開発した電子機器や製品は、サブ・ブランド名も有名だから、少年もいくつか聞いた覚えがあるだろう。

グループの強大さを理解したらしい少年の面に浮かぶのは、まだ驚愕だけ。

なら、次の台詞を聞いてどう変化するのか。

何一つ見逃さないとでも言うように、男は目を眇めた。

「俺はHOZUMIグループ現総帥の後継者にあたる」
「え……」

穂積は日本を代表する企業の舵取りを、受け継ぐ人間だった。

圧倒的な肩書きに「穂積 真昼」という個は埋もれてしまうが、今となっては立場も責任も義務も受け入れている。

昔のようにコンプレックスに思ってもいないから、多くの人間に個として認識されなくても構わない。

でも、光には。

光には己という存在をしっかりと見つめ続けてもらいたかった。

しばし黙したままで、二人は歩み続ける。

穂積の全神経は光の反応を待っていた。

「俺には無理だな、それ」
「なに?」

やがて光が漏らしたのは、ひどく疲れた風な声だった。

ぼさぼさの黒髪がさらりと揺れて、眼鏡の瞳がこちらを見やる。

「生徒会役員でさえ信じられないって思ってるのに、次は今よりもっと重大な地位につくんだろ?会長、お疲れ」
「お前な……」

対岸の火事でも見るような調子で、あっさりと言われてしまい、思わず唖然としてしまう。

自分にはまったく関係のない、他人事。

さしたる興味もなさそうで、気遣わしげですらある。

期待以上の反応だ。

「過労で倒れないように注意して下さいよ」
「あぁ、そうだな」

掌で隠した口元の微笑は、穂積の抱く思いを顕著に表していたけれど。

それを見た者もいなければ、転校生の態度の真相を知る者も、どこにもいなかった。




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