SIDE:穂積

碌鳴生にとって、相手の家柄を知らないことは、自殺行為だ。

家業の取引相手の息子に失礼を働いてしまえば、何がどうなるか分からないし、繋がりを持ちたい相手を見過ごすわけにもいかない。

生徒は自分の家との関係を考慮し、謙るべき相手には謙り、権威を示すものには相応の態度で応じ、取り入るべき人間にはどうにかして関係を作ろうとする。

家のためでもあるし、将来の自分のためでもある。

だから、碌鳴に在籍する人間は、常に他の生徒の家柄を把握している必要があった。

生徒会役員は、良家の子息ばかりが集まるこの学院の中でも、一線を画す家柄である場合が多い。

生徒たちは役員の後ろにある家柄を含めて注目を注いでいるから、他の生徒よりもずっと役員の情報は知れ渡っている。

まさか知らない人間がいるとは、思わなかった。

「知らない」と顔に書いた少年を見て、胸の奥にじんわりと広がった熱。

穂積は自身の感情を理解して唇を歪ませた。

光はこちらの背景など知らずに自分と接していた。

反芻する言動の数々は、彼が知っているとは思えないものばかりだったので、今更こんな気持ちにならなくてもいいだろうと自分を嘲る。

家柄云々で葛藤する段階は、当に過ぎていたと思ったのに。

どれだけ掻き消そうとしても、気付いてしまった思いはなくならない。

嬉しいのだ、自分は。

これまでの光との交流が、余計なものが介在しない関係であったことが、嬉しいのだ。

家名という不純物を含まない、純粋な一対一の関係。

眼鏡の奥から時折覗く少年の黒い瞳。

そこに映っている自分は、ただの自分だったのだと教えられて、心奥が熱を持つ。

知らないままでいて欲しいと願うのは、穂積の我侭だ。

光にはしがらみのない場所で、ただありのままを見ていて欲しい。

自分の背後に広がる圧倒的な権力など目に入れず、ただの自分を見て、受け入れて欲しい。

ここまで考えて、穂積は自分の思考回路に待ったをかけた。

なんだ、それは。

色眼鏡で見られないことを望む気持ちは分かるが、受け入れて欲しいとは少々引っかかる。

相手はゴミ虫。

拒絶されれば捨て置けばいいだけのこと。

なぜ、こちらが下手に出て受容を願わなければならない。

受け入れられないことで、何の不都合があると言うのか。

抱いた感情の半分は認められても、もう半分は血迷ったとしか思えなかった。

「俺の家は一般家庭だよ。会長の背景を知ったところで、まったく影響ない」

なのにゴミ虫がそんなことを言うから、穂積の心はまたしても血迷った方向に動くことになる。




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