◇
懇願にも聞こえる必死さで言い募れば、ようやっと姿勢を戻した男が苦笑した。
「言い訳だ」
「なに?」
首を傾げれば曖昧な笑みのまま、目で歩くよう促された。
本当はまだ心臓が落ち着かなかったけれど、先に行かれて慌てて小走りになった。
横に並ぶとこちらの歩調に合わせてくれたのが分かって、またおかしくなりそうな鼓動から無理やり意識をそらした。
「お前と初めて会ったとき」
「うん」
「直前に電話が入って、あのときは気が立っていた。お前に水をかけたのは、ただの八つ当たりだった」
「うん……」
電話。
過ぎるのは先刻耳にした、穂積の怒鳴り声。
まるで「らしくない」、彼の露になった感情。
気になってしまう思いはあるが、自分が踏み入っていい内容ではない。
理性が口を噤ませた。
「妙な顔をするな」
「俺の顔が変なのは今さ……」
「聞くなら答える、そう言っているんだ」
見上げた穂積には、からかう気配もなかった。
こちらの筒抜けの考えを拒絶することなく、質問を待っている。
いいのだろうか。
自分が踏み入って、本当に構わないのだろうか。
許可を出されたのに、幾らかの躊躇いが残る。
光は少しの逡巡を置いて、窺うように問いかけた。
「その、俺と最初に会った日にかかって来た電話も、さっきの相手?」
「……そこから来るか」
「聞けって言ったのは、会長だろ」
眉を寄せられ慌ててしまう。
最初から地雷を踏んでしまったのではと冷や汗だ。
「強制はしてないだろう。だが、そうだ。同じ相手からだ」
返答が与えられたことに胸を撫で下ろした。
同時に、残っていた躊躇いが消えた。
本当に訊いても構わないという確信が持てたのだ、もう一つだけ質問したくなる。
「「穂積」の人間って言ってたけど、どういう意味?」
「お前、さっきから鋭いとこ突くな」
「聞いたら答えるって言ったのは……」
「俺だ。分かった、答える。言葉の通りだ。穂積本家からの連絡だった」
遠慮ない光に、穂積は深く息を吐き出した。
立ち入った質問をしている自覚はあった。
いくら彼から言い出した問答でも、濁されても仕方ないと思っていたから、光は内心だけで驚いた。
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