懇願にも聞こえる必死さで言い募れば、ようやっと姿勢を戻した男が苦笑した。

「言い訳だ」
「なに?」

首を傾げれば曖昧な笑みのまま、目で歩くよう促された。

本当はまだ心臓が落ち着かなかったけれど、先に行かれて慌てて小走りになった。

横に並ぶとこちらの歩調に合わせてくれたのが分かって、またおかしくなりそうな鼓動から無理やり意識をそらした。

「お前と初めて会ったとき」
「うん」
「直前に電話が入って、あのときは気が立っていた。お前に水をかけたのは、ただの八つ当たりだった」
「うん……」

電話。

過ぎるのは先刻耳にした、穂積の怒鳴り声。

まるで「らしくない」、彼の露になった感情。

気になってしまう思いはあるが、自分が踏み入っていい内容ではない。

理性が口を噤ませた。

「妙な顔をするな」
「俺の顔が変なのは今さ……」
「聞くなら答える、そう言っているんだ」

見上げた穂積には、からかう気配もなかった。

こちらの筒抜けの考えを拒絶することなく、質問を待っている。

いいのだろうか。

自分が踏み入って、本当に構わないのだろうか。

許可を出されたのに、幾らかの躊躇いが残る。

光は少しの逡巡を置いて、窺うように問いかけた。

「その、俺と最初に会った日にかかって来た電話も、さっきの相手?」
「……そこから来るか」
「聞けって言ったのは、会長だろ」

眉を寄せられ慌ててしまう。

最初から地雷を踏んでしまったのではと冷や汗だ。

「強制はしてないだろう。だが、そうだ。同じ相手からだ」

返答が与えられたことに胸を撫で下ろした。

同時に、残っていた躊躇いが消えた。

本当に訊いても構わないという確信が持てたのだ、もう一つだけ質問したくなる。

「「穂積」の人間って言ってたけど、どういう意味?」
「お前、さっきから鋭いとこ突くな」
「聞いたら答えるって言ったのは……」
「俺だ。分かった、答える。言葉の通りだ。穂積本家からの連絡だった」

遠慮ない光に、穂積は深く息を吐き出した。

立ち入った質問をしている自覚はあった。

いくら彼から言い出した問答でも、濁されても仕方ないと思っていたから、光は内心だけで驚いた。




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