◇
予想外の展開に、すぐには返事も出来ない。
戸惑うのが分かったのか、もう一度彼は話しかける。
「今は授業中だろう。何をやっている」
「……サボリです」
無理やり舌を動かしたせいで、馬鹿正直に答えてしまった。
先刻とは違う意味で「不味い」と思うも、すでに遅い。
穂積は口角を持ち上げた。
「ほぉ、仮にも生徒会長の俺にサボリ宣言とはいい度胸だ。処分対象だぞ」
「私情挟みまくってる顔で言わないで下さいっ」
「なら高校生の本分をまっとうしろ。俺も碌鳴館に戻る」
言うや、歩道に戻る道を歩き出す。
抗うわけもなく、光はその真っ直ぐな背中を追った。
煉瓦畳の道に二人の靴音が響く。
流れる沈黙に居心地の悪さを感じているのは、自分だけだろうか。
木々のざわめきも、靴音も、蝉の鳴き声も、すべてが空々しく聞こえるから困った。
「忙しそうですね、最近」
闇雲に足を動かして来たせいで、校舎まではまだ距離がある。
無言に堪えるのは限界だ。
ひねり出した話題に、穂積は疲れが滲む表情で嘆息した。
「そうだな、今学期は年間で最も行事が多い。仁志を借りっぱなしで悪いな」
「え?仕事なんですから、当たり前じゃないですか」
間を持たせる話に付き合ってくれてホッとしたのも僅か、思いがけない返答が寄越された。
生徒会役員の仁志が、こなすべき責務をまっとうするの至極当然。
有する権力に見合った働きは、求められるべきものだ。
穂積ならば分かっていることだろう。
だが、彼の口は紡いだ。
「一人だろう、お前」
「え……」
「なるべく帰すようにはしているが、不便はないか?」
気遣われているのだ。
驚いて傍らの男を凝視した。
防波堤である仁志の不在によって、生徒たちから被害を被っていないかと心配してくれている。
光がクラスで話せる相手は仁志くらいだけれど、それは生徒たちに反感を買ってしまった以上、仕方のないことだし、積極的に取り入ろうともしなかった自分自身のせいでもある。
悪意の渦に叩き込んだのは別の人間であっても、今光が一人でいることに対してまで心配されるのは何だか面映い。
錯乱しかけたのも忘れ、光の胸にじわじわと心地よい熱が灯った。
「平気です。特に何かされてもいないし、俺はそんな簡単にやられませんよ」
小さな笑みを添えた口元を見られないように、さり気なく顔を背けたのだが。
- 383 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]