両極の二人。




空気を貫く低音は、歌音でもなければ逸見ファンの誰かでもない。

声の主に気付きつつ、光は身を隠した樹木の影からそっと様子を窺った。

「あぁ、分かっているっ。そうだな、何度も聞いた!今更言われずとも俺にだって「穂積」の自覚はある」

視線の先にいたのは、予想通りの男だった。

携帯電話を耳に当て、相手に向かって語気も荒く怒鳴っている姿は、余裕綽綽といった会長からはかけ離れていて衝撃を受けた。

同時に、しまったと思った。

あのまま無視をしていればよかったのに、どうして声を追ってしまったのかと後悔する。

これは明らかに不味い。

忙しい現在、碌鳴館に缶詰になっているはずの穂積が、遠く離れた林の中にいるのだ。

職務を放って暢気に電話、とはどう頑張っても見えないし、ただの電話なら生徒会室でするはず。

ここにいる理由など、人目を避けたからに決まっているではないか。

気を昂ぶらせた穂積を見たのは初めてで、気にならないと言えば嘘になるが、危険を冒してまで盗み聞きをするほど冒険野郎でもなければ、教養なしでもない。

光は細心の注意を払って方向転換をすると、その場を後にしようとして。

失敗した。

「だが、その時代錯誤な愚策など必要ないと、俺もアイツも言って……」

ピピピピピッ。

アラーム音。

空気の読めない電子機器に舌打ちしようにも、設定したのは他でもない光である。

穂積の言葉が途切れ、こちらを振り返った。

驚愕に見開かれた黒曜石が、観念して木陰から現れた光を映し出す。

血の気の退いた指で、アラームを止めた。

最悪だ。

いや、最低だ。

言い訳のしようもなくて、光の頬ははっきりと強張った。

「……なんでもない。とにかく話は以上だ」

一瞬でいつもの顔に戻った穂積は、結びの文言を言うと手早く通話を切った。

携帯をスラックスのポケットにしまい、本音の見えない平然とした様子で近付いてくる。

出来ることなら後退したい。

もっと言うなら逃走したい。

けれど今回ばかりは、お決まりのパターンを使えない。

立ち聞きなんて無粋で礼儀知らずな真似をしたのだから。

「すいませんでし……」
「どうした、こんなところで」
「え?」

だが、穂積の口から出た台詞は、こちらを非難するものではなかった。




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