氾濫。
意識を集中させてみる。
あえて内側にこもらず、五感すべてを外界へと向ける。
途端、どっと流れ込んでくる音と臭いと空気に、以前までの色濃い憎悪はなかった。
気にするのも馬鹿らしくて、転校初日からずっと外からの不要な情報を拒絶していた。
仁志であったり、穂積であったり、容姿であったり、家柄であったり。
何かにつけて、光を否定し嫌悪する感情。
それが、ない。
今になって注意しなくとも、本当は夏休み明けに学院に戻ってすぐに変化を察していた。
張り付く怜悧な視線が消えて、叩きつけられる罵声が消えて。
観察力の鋭い光にとったら、気付かずにいる方が難しい。
けれど認めなかった。
思い過ごしか、生徒が飽きたかのどちらかに違いない。
心火が消えたわけではないのだと、思っていた。
次に渡井に会ったなら、もう一度言おう。
受け入れられる、理由はない。
と。
授業終了のチャイムに、少年は没頭していた脳内会議を中断させた。
日直の号令に従って、機械的に頭を下げる。
目を落とせばホワイトアウトのノートが視界に入った。
いけない、授業をまったく聞いていなかった。
昨夜の話がどうにも頭から離れなくて、いつの間にか考えがそちらに向いてしまうのは、一時間目から。
急に変わった己を取り巻く状況の、原因は何だと持ちえぬ答えを探している。
耳に残った「夏輝」という名前。
その生徒が光とどう関係するのか。
こんなことなら、仁志に書記方の話を聞いておけばよかった。
最近では存在が薄かったので、すっかり失念していた。
生徒たちの態度の変化は、ある意味では悪意に慣れた光を混乱に突き落とした。
本日何度目かのため息が漏れる。
次は四時間目で移動教室だ。
教科書を持ってクラスを出て行く生徒たちの後に、ついて行く気にさっぱりなれない。
頭も心も別の場所へと飛んでしまう状態で、授業に集中できるものか。
勉強道具を持たず廊下に出た光は、足の赴くままに階段を降りると、非常口から屋外へと歩いて行った。
残暑の厳しい時期だけあって、太陽は燦々と輝き元気だ。
木陰に引き寄せられるように、どんどんと校舎から離れる。
誰の目にもつかない林まで歩き、それから近くの裏庭を見つけた。
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