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ホストという活動をしているのなら、他人との会話の中で多くの噂や情報を耳にしていても不思議ではない。
渡井の発言を振り返っても、彼が学院の事情に通じているのは明白だ。
「そんな鋭い光ちゃんなら、分かるんじゃない?野次が減った理由」
まさか。
指摘されるまで周囲の変化に確信を持てなかった光に、その理由まで悟るのは無理がある。
生徒たちに恨まれる最大要因の生徒会とは、未だに関係を持っているし、仁志とだって最近こそ一緒にいないが以前より距離が縮まった気がする。
特別なことはしていない。
環境が変わったのが、信じられないくらいだ。
思いつくのはせいぜい「修学旅行に気を取られて、根暗な転校生など忘れてしまっているのでは」程度。
向かいにある悪戯っぽい表情に、顔を顰めた。
「降参」
「そ?答えはわりと単純なんだけどね」
「俺にとっては難問だよ」
「学年一位がよく言う」
グラスの水に口をつけた渡井の皿は、いつの間にか空になっていた。
「答えはね、光ちゃんが受け入れられ始めてるってこと」
「まさかっ」
眼鏡の内側で、目を丸くする。
誰に?とは言わない。
流れからすれば対象は決まっている。
決まっているが、認められない。
首を振って否定だ。
「理由がない」
「ほんと?」
本当も何も、こちらからすれば彼の大きな勘違いだ。
碌鳴生たちに認められる条件を何一つ満たしていないのに、受け入れられるはずがあろうか。
不恰好な容姿、凡庸な家柄、学院権力者たちとの繋がり。
揃っているのは反感を買う材料だけ。
なのに出題者の男は、綺麗な顔に怪訝な表情を乗せている。
「ん、俺の情報違いかな。光ちゃんさ、アキのファンが君への見解を変えたの知ってる?」
「知らない……って言うか、なんだよそ……れ?」
「光ちゃん?」
蘇ったのは二ヶ月前。
真っ向勝負を仕掛けて来た七夕祭り以降、振り返れば仁志のファンに何かをされた記憶がない。
霜月を筆頭に頂く会長方に危害を加えられたり、逸見の親衛隊に恨まれたりはしたけれど、仁志関連では何も起こっていない。
もし本当に仁志ファンが光への見方を変えたのなら、それは夏季休暇前ということになる。
だが、何をやった自分は。
野次が減った理由に続き、心当たりはゼロだ。
「確かに、仁志のファンに絡まれることはなくなったけど、それは生徒会の勧告のお陰だろ」
「それも一理あるけど、上からのお達しだけじゃ、人の気持ちは変えられないよ」
正論だ。
現に勧告を出された影響で、抑圧された生徒のフラストレーションが爆発し、七夕祭りもキャンプも事件になった。
「光ちゃんが、アキのファンから偏見や思い込みをなくす、何かをやったんだ」
「どういう……」
流れ出した電子音に、光の追求はかき消された。
「ごめん」と断り、私服のポケットから携帯電話を開いた男は、少し残念そう微笑んで席を立った。
「呼び出しかかっちゃった。ほんとにごめんね、俺行かなきゃ」
謝るなら回答を教えてくれ。
不服と訴える光に、彼は何事か考える素振りを見せ。
「夏輝って名前を、覚えておくといいかもね」
「え?」
「書記方筆頭の名前だから」
「書記方筆頭?」
渡井はにっこり笑うと、疑問に満たされた少年を置いて食堂を出て行った。
「光ちゃん、アキの友達って感じだよ」
と、最後に言い残して。
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