増える疑問。
どんぶりの中に入れた箸は、先ほどから一向に動く気配がなかった。
彩りも鮮やかな海鮮丼をぼんやりと眺めたまま、ぴたりと動きを止めて固まっている。
仁志がいれば突っ込みをいれるだろうが、生憎と不在だ。
昼食までは一緒に取ったが、仕事が待っていると午後の授業は受けず碌鳴館に戻ってしまい、現在まで姿も見なければ連絡もなし。
ここ最近ですっかり定着した一人きりでの夕食は、ピークタイムにも関わらず他の生徒に悪口を言われることもなくて、少年が思考の海に浸るのを邪魔する者はいない。
光は昼間から尾を引く懸念を、真っ向から考えていた。
須藤のことである。
口にした仁志は冗談のつもりだったようだが、光としては見過ごせない発言。
狭い資料室で二時間も何をしているのか。
いかがわしい邪推をしてしまうのも、仕方ないだろう。
それだけなら別にいい。
閉塞された碌鳴では同性同士が関係を持つのは普通らしいし、ただ生徒と教師だったというだけならば、光が心配する理由はない。
乱暴な言い方をすれば、合意だろうが不合意だろうが、調査には無関係だ。
ある一つの要素が含まれていないのならば。
インサニティの使用の有無。
教室で話たときにも出たが、生徒の力が強い学院の特性を鑑みると、須藤が無体を働くわけはないと思う。
その種の暴行を加えるには、相手が悪すぎる。
けれどドラッグを服用させてしまえば、生徒上位の構図は崩れるのではないだろうか。
強要されて飲んだのだとしても、インサニティというドラッグを服用したことに変わりはない。
将来に待つ椅子が高く重要であればあるほど、覚せい剤を使ってしまった事実は生徒の弱みになる。
ましてや、強烈な催淫作用を及ぼす新薬だ。
快楽に溺れてしまえば、不合意であったことを主張する意識は不安定になるはず。
罪悪感に支配された生徒に、「あれを合意じゃないというのか?」とでも囁けば被害を受けても、誰が他言できようか。
未熟で脆い心に付け込み、生徒の家柄の高さを逆手に取った狡猾な手段。
言うまでもないことだが、本当にただ雑談をしているだけかもしれないし、補習を頼んでいるだけかもしれない。
しかし光は資料室に閉じ込められた謎の二時間を、不安に思わずにはいられなかった。
半日経っても忘れることの出来ないあの寒気が、須藤を警戒してしまう原因だと分かっている。
急激に変化を見せた須藤の纏う雰囲気に、底の見えない奈落を覗き込むような、心臓が抜ける心地がした。
足のつま先から膝裏あたりが冷たくなって、平衡感覚を失いかけるのに、目は驚愕にも似た衝動で見開いてしまう。
少年を取り囲んだ恐怖が、売人のせいだとしたら合点も行く。
教師ならば生徒寮に入ってもさほど不自然ではないから、霜月の部屋にインサニティを届けた方法の説明がつく。
化学教師というのも、何だか臭い。
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