「俺みたいなのが、嫌がらせ抜きに手ぇ出されるわけないだろ」
「この間、保健室で押し倒されてただろーがっ」
「誤解って言ったの忘れたか、生徒会書記。それに、よく考えたら教師が生徒に手を出すなんてあり得ないだろ?何かあったときに、責任追及されるのは教師の方なんだし」

もし被害にあったとしても、ここの生徒ならば早々に学院側に抗議して、裁判でも起こしそうだ。

「まぁな。うちの生徒はいいとこのヤツばっかだから、教師が生徒に無理やり手ぇだしゃ社会的に抹殺されんのは確定だろうよ」
「ほらな。仁志だって分かって……」
「須藤の資料室に入った生徒が、一二時間出て来ないっつーのはマジネタらしいけどな」

からかうのもいい加減にしろと呆れかけたところで、サラリと言われた台詞にぎょっとした。

教室の扉が開き、日本史の教員が姿を見せる。

戻って来たばかりで授業の準備は整っていなかったが、光としては今の仁志の発言が気になって仕方ない。

急いでロッカーに教科書を取りに行った。

「それどういうことだよ」
「あ?あぁ、どうせ雑談か追試だろ。んな顔しなくても、お前が言った通り本気でヤバかったら問題になってるって」
「脅迫されている場合も考えられる」
「アホ。教員で生徒より家柄のいいやつなんて、一人か二人だ。須藤がどっかの息子だなんて話、聞いたことねぇよ」
「……」

碌鳴における権力構図からすれば、一般生徒よりも教師の方が上に位置するが、実際問題として生徒の家柄が絡んで来るため、力関係は並列。

場合によっては生徒が上だ。

仁志の言うように、いざ問題が発覚すれば困るのは教師のはず。

しかし光は、一つの可能性を思い浮かべずにはいられなかった。

ともすれば険しくなる顔に平静を装うが、内側では疑念が渦巻いている。

隣の席の男は斜め読みしていたテキストから目を上げた。

「……お前、何かされたのか」
「そんなわけないだろ、心配しなくても平気だってば。ちょっと気になっただけ」

突き刺さる視線に気付かないフリをして、すでに始まっている授業に意識を注いだ。




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