須藤 恵。




授業開始から数日も経つと、光は教室に流れる生徒たちの浮き足立った気配に気がついた。

夏休みボケともどこか異なる、その空気に心当たりはない。

彼らはみな何かで頭をいっぱいにしているのか、最近では一人でいても野次や陰口を叩かれることも少なかった。

「どうしました?」

怪訝な表情が分かったのか、隣を歩く須藤が訊ねて来た。

ノートに加え課題の提出も行われた今日の化学。

一人では持てそうにない量に、須藤は光に手伝いを言いつけた。

大人びた高校生と言っても通じるほど若々しく端整な容姿なのだから、志願する生徒はいくらでもいるだろうに、わざわざ転校生を指名するとは嫌な性格だ。

お陰で教室を出るときに、クラスメイト数人から睨まれてしまった。

せっかく悪意が沈静化しつつあったのに。

各教科の資料室が並ぶ東棟四階に生徒の姿はなく、閑散とした廊下に二人分の足音が響く。

「なんだか浮き足立っていると思って」
「そうですね、二年生全体が浮かれています。まぁ、仕方ないでしょう。もうすぐ修学旅行ですから」
「修学旅行、ですか?」

覚えのない単語を出され、いつの間にそんな行事が目前に控えていたのかと驚いてしまう。

「君はこの間のHRにいなかったから知らないんだね」
「……すいません」
「気にしなくても構いませんよ。ちゃんと欠席扱いにしてありますから」
「……そうですか」

欠席したHRと言えば、始業式の日に違いない。

聞きはぐれたのは「武先生」のせいだと、内心で文句だ。

須藤は担任らしく、親切にも修学旅行の説明をし始めた。

「毎年行き先は変更されますが、国内のどこかに学年で旅行に行くんですよ。進級すると受験が控えるでしょう?思い出作りには二年が一番いいんだよ」
「どこに行くんですか?」
「今年は二泊三日で上諏訪です」
「か、上諏訪……。意外な選択ですね」

ブルジョワ学校ならば、てっきり海外にでも行くと予想したのに、まさかの選択。

国内有数の観光スポットではあるが、碌鳴生が楽しめるのかは甚だ疑問である。

「皆さん海外は行き飽きているんです。国内の方が行ったことのない人が多くていいんですよ」
「なるほど」

ならば京都・奈良とか、北海道、沖縄。

わざわざ上諏訪にしなくとも、もっとメジャーな修学旅行地はあるのではなかろうか。

「ほとんどが自由行動ですから、誰と行動を共にするか早めに教えて下さいね。指定の用紙はたぶん机の中に入れてありますから」
「あ、はい」
「君の場合、仁志くんでしょうけど」
含みを持って言われた台詞に、光ははっと須藤を見上げた。

視界に映った彼の横顔には、特別な感情など見当たらないのに、何故か目をそらすことができない。

不可思議な感覚に見舞われて、肌がザッと粟立った。




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