「利用者第一号かな?」

たった今羽織った白衣の襟を正しこちらを振り向いたのは、今日この学院へやって来た保健医。

敢えて言うなれば、武先生。

武先生こと。

「なにやってんだよ、武文っ!」

木崎 武文その人である。

あり得ない。

綾瀬が口にした名前を聞くや「まさか」と思ったが、本当にその「まさか」とは。

飄々とした態度で笑みを崩さぬ男は、見慣れた保護者の姿とは異なり髪も長く眼鏡も着用。

纏う空気は穏やかで品もよく、くたびれたスーツの代わりに優雅なシングルブレス。

注意して見れば目尻に泣きボクロまでつけて、一見すれば別人だが十七年間傍にいた少年からすれば意味のない変装だ。

何より使用している偽名のふざけ具合が、木崎である証拠だった。

「急患なのは分かりましたから、ドアを閉めてください」
「っ……すいません」

木崎の言わんとする意味を悟り、光は大人しく扉を閉めた。

人がいなかったからいいが、感情のまま叫んだのは相手の本名だ。

いくら動揺していたと言っても、彼が潜入していると気付いたのならば、無用心に口走ってはならなかった。

頭に血が上っていると自覚して、光は大きく深呼吸をした。

「……で?何やってんだよ、そんな格好で」
「前のお前みたいに、泣きボクロつけたんだが似合うか?ガキじゃ出せない大人の色気ってやつだな」
「いい年したオッサンの悪あがきにしか聞こえない」
「書類に32って書いたら通じたぞ」
「年齢詐称を偉そうに言うな!」

まったく反省の色が見えない木崎に、光は脱力するしかない。

むきになるのも馬鹿馬鹿しくて、カーテンが開いたままのベッドに仰向けで倒れ込む。

「なんで武文までここにいるんだよ」
「いたら悪いか?」
「悪いかって……捜査どうすんの」
「先月の調査で一通りリストのやつは確認しただろ。城下町側から売人探すのは、もう無理だからな。碌鳴の中に入った方がいくらか進展があるはずだ」

確かに保護者の言う通り。

穂積にも伝えたことだが、売人が潜む先は城下町ではなく、碌鳴学院の可能性が圧倒的に高くなった。

セキュリティの高い学内の生徒寮にクスリが届けられたことや、ひと夏かけて調べた目ぼしい容疑者のほとんどが空振りと分かったのなら、やはり探るべき本命はここだ。

納得できる説明だが、光の胸中は複雑な色で渦巻いている。

眉間に力をいれ難しい顔になってしまう。

少年の心境は保護者にも伝わったらしく、木崎は苦笑した。

「お前の実力を信用していないわけじゃない。お前一人に押し付けたくないだけだ」
「分かってる」




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