ぴたりと収まった話し声に綾瀬はにっこりと微笑んだが、光は副会長が苛立っている風に思えた。

口を滑らせたり失言を続けたり、悪意なく恐ろしい発言をする綾瀬だが、今みたいな露骨な脅迫は初めて聞いた気がする。

今朝方まで新しい教師がやって来ることを聞かされていなかった彼が、内心で腹を立てているとは誰も知らない。

一体どんな人間がやって来るのかと、他の生徒と一緒に興味を覚えた光は、しかし次の綾瀬の紹介に思考を止めた。

『クリニック経営のためお辞めになった水口先生に代わり、今学期から新しい校医の先生に保健室をお願いすることになりました。武 文也先生です』

促されてスポットライトの下に現れたのは、清潔感のあるスーツを着こなした、長身の男性だった。

体にフィットするクラシコイタリアが、スタイルの良さを際立たせる。

肩に届く程度の髪は明るいブラウンに染められているも、その下の繊細なフレームの眼鏡によって軽薄な印象にはならず、かえって知的に見える。

ここからでは顔の造作がはっきりしないけれど、綾瀬の忠告を受けたばかりにも関わらず歓声を上げた生徒たちを見れば、どういった顔の持ち主かは語るに落ちていた。

『ただいまご紹介に預かりました、武 文也です。歴史ある碌鳴学院に勤務出来ることを、大変嬉しく思います。皆さん、怪我や気分が優れないときには、気軽に保健室へ足を運んで下さい』

柔らかい物腰は落ち着き払っていて、初めてのスピーチとは思えぬほど堂々としていた。

「うっそ!マジでアレ新しい保健医!?」
「超かっこよくないっ」
「転校生のこともあったから期待してなかったけど……」

割れんばかりの拍手の渦を、ゆるやかな微笑でもって鷹揚に受け止めた保健医。

自分とは正反対の歓迎を受ける壇上の人物を、光は驚愕から一変して、鋭い目つきで睨み付けた。

その後、仁志による行事関連の連絡が行われ、始業式は過剰なまでの好意的なムードで幕を閉じた。

初日は授業がないものの、連絡事項のためHRを受けなければならないと知っていながら、少年は講堂から教室へ戻る生徒の波を抜け出し、猛然と歩き出した。

否、歩くでは御幣がある。

駆け足で人気のない本校舎の一階廊下を通り抜けた。

目指す先は決まっている。

職員室に寄っているかもしれないとか、まだ講堂の可能性もあるとか。

普通ならば考えられることは、心配するだけ無駄だ。

寄り道をするはずがない。

どうせ彼は分かっている。

気付いた光がすぐさま駆け込んでくると。

保健室に。

「どういうことだよっ!!」

バシンッ!と壊さんばかりの勢いで引き戸を開けた光は、眼鏡の奥にある瞳で室内唯一の男をきつく見据えた。




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