◇
「それなら問題ない」
「え?」
「会長方は解散する」
「はぁ!?」
何を言っているんだ、この男は!
隣から注がれる視線は、そう主張している。
「お前、喋らなくても五月蝿いぞ」
「んだとっ!?てめぇが意味わかんねぇこと言うからだバ会長っ。今の時期に会長方を解散させたらどうなるか分かってんのかっ」
「金髪頭と違って、俺の方は中身がつまっているからな」
「マジにつまってんなら、んなアホなこと言うわけねぇだろっ。ただでさえ仕事溜まってんのに、人手減らしてど・う・す・ん・だ!あぁっ!?」
「中身まで不良だな」
「鼻で笑ってんじゃねぇ!俺のことはどうでもいいんだよっ。てめぇんとこ解散させて、今学期やってけるわけねぇだろボケバ会長っ!!」
「……」
「……」
喜怒哀楽の激しい書記と、それを挑発する会長。
本日二度目の言い争いは、唐突に終わりを迎えた。
何かが足りない。
同じ思いに駆られてピタリと口を噤んだ穂積と仁志は、対面に座る一人に焦点を合わせた。
「え?なに?」
「どうかしたんですか、綾瀬先輩?」
「お前が入って来ないとは珍しいな」
先ほどから俯き黙していた「足りないもの」は、思わぬ注目に正気に返ったようだ。
驚いた顔で目を瞬かせているが、綾瀬の参入でカオスへと発展する生徒会恒例の件なだけに、役員たちは怪訝な表情になる。
常ならば宥め役に回ろうとして失敗するはずなのに。
「何か気になることでもあったか?」
「気になるっていうより、安心したのかな」
「安心?」
「うん」
綾瀬は眉尻を下げて微笑んだ。
「長谷川くんが、戻って来てくれたから」
この一言に、室内の人間は胸を突かれた。
「綾瀬くん……」
「さっきも言ったけど、不思議に思うところは沢山あるよ?彼の話すべてに納得したわけでもないし。でも、消えてしまった気もしていたから、長谷川くんに会えて嬉しかったんだ」
帰省先まで赴いた綾瀬だからこそ、光の失踪は恐怖を感じるものだったのかもしれない。
光の背景の不確かさは別にして、もう一度顔を合わせられたことは、ただ安堵と喜びをもたらすだけ。
優美な面を緩める麗人に、異を唱える者は勿論いなかった。
学院への帰還を報告された瞬間、己の心臓がふっと軽くなったのを思い出した穂積は、ようやく夏中離れることのなかった不愉快の正体を自覚した。
穂積は心配していたのだ。
いなくなった光の身を、心から心配していた。
だからこそ、帰省しただけだと知ったときは、苛立ちを覚えた。
身内の底に溜まった澱は、元は純粋な心配であったのだと認めれば、それに関連して気付いてしまう。
先刻の審問で、簡単に光を解放してしまった理由である。
本当ならば切り込んで不審点を解消していく必要があったのに、気付けばあっさりと締めくくってしまったのは、穂積が光に対して無意識に負い目を感じていたからだ。
消してしまいたい記憶が入った、パンドラの箱。
無理やり仕掛けた例の「アレ」は、穂積にとってもパンドラの箱で、その夜以来の再会と来れば強い態度に出られるはずもない。
何せ光の帰省は自分のせいではないかと、本気で疑っていたくらいだ。
追求できる心理状態ではなかったと言い訳をしてみるが、己の個人的な感情でやるべきことをまっとうしなかったと認めれば、穂積の口から零れるのは深いため息。
穏やかな雰囲気漂う空間に、生徒会長様の苦悩の吐息はなかなか紛れてはくれなかった。
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