耳朶を滑った音色は、さほど大きくはなかったけれど、不思議とよく通った。

甘く凛とした声と、発した台詞の差異に、光は反応が遅れた。

「……え」
「ゴミはきちんと捨てろ、ガキか」

ぐっと腕力のまま腕が引かれ、勢いよく突き飛ばされた。

「わっ!」

持ち前の運動神経でどうにか床とのご対面は免れたものの、光の顔には動揺だけ。

ばっと振り返れば、すでに見知らぬ男は、先ほど光が座ろうとした席に腰を下ろしていた。

「会長、何やってんですかっ!ふざけんのも大概にっ……」

繰り広げられた展開に、仁志は勢い良く椅子を蹴って立ち上がると、テーブルの上から男の胸倉を掴もうとした。

その手を軽い動きで叩き落とすや、美貌の主はくすくすと、殊更上品に笑ってみせる。

光の背筋を、冷たい何かが通り過ぎた。

「ふざけているのは、お前だろ。ここは生徒会専用席だ。何故、あんなクズを通した」
「クズって……。確かに光は生徒会の人間じゃねぇけど、俺のダチだっ!問題ねぇだろうがっ!!」
「友人は慎重に選べ。お前の交友関係にとやかく口を出すつもりはないが、目障りだ。あのゴミを連れて出て行け」

言うや、男はすでに話を終えたように、ウェイターを呼ぶ。

光はきゅっと口を引き結んだ。

何だ、あいつは。

学院で出合った誰よりも酷い暴言を吐いておきながら、決して光に話しかけることもなく、本当にゴミのように投げ捨てられた。

仁志とのやり取りから、奴も生徒会の一員だと言うことは察せられる。

確かに生徒会役員でもない自分が、ここに来たのは問題だったかもしれない。

それでも、同じ役員の仁志にまで、あの態度はどういうつもりなんだ。

自分をどれほど高く見ているのか知らないが、根性が腐っている。

「てめっ……」
「いいよ、仁志」
「あ、光?」

双肩から激情を立ち上らせた相手に、光はにっこりと笑ってみせた。

まだ言葉を交わして短いと言うに、己のことを『友達』と呼んでくれた彼は、やっぱりいい奴だ。

本当ならば自分も言い返して、拳の一、二発……いや、三、四発見舞ってやりたいくらいだが、ここは我慢。

潜入捜査のために転校したのだから、下手に目立つのはよろしくない。

仕事を忘れない程度に、光は冷静だった。

「お騒がせして申し訳ありませんでした。これで失礼しま……す」

大人の対応をと頭を下げた光は、ぱしゃっと言う軽い水音に伏せたままの体勢で硬直した。

髪に、何かが。

何か、液体のようなものが。

「少しはキレイになったか、ゴミ」

鬘の先を伝い頬まで滴った水は、男が傾けたグラスから零れ落ちたミネラルウォーターだった。




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