振り返った先には含むところのない純粋な不思議顔をしている麗人がいるも、切り込みは鋭い。

彼の言う通り、あの部屋を借りたのは五月下旬。

潜入捜査に入る光の、帰省先住所を確保するためでもある。

丁度、余計な荷物を置く倉庫が欲しかったこともあって、都内の事務所からは離れているが他県のマンションに決めた。

光は平静を装って昨夜考えた設定を、どうにか冷静に思い描く。

「借りるまではよかったんですけど、叔父の方が入居直前に腰を痛めたそうで、バリアフリーに対応していないあのマンションは、借りるだけ借りて住んではいなかったらしいです。俺も今回聞いて初めて知りました。二人に直接会うのは、随分久しぶりだったので」
「海外にいるご両親の電話にも何度かかけてみたんだけど、誰も出ないんだ。何か問題でもおきたのかな?」
「あ、すいません。あの二人ほとんど会社で寝泊りしちゃうタイプなんですよ。もし二人と連絡取るなら携帯じゃなきゃ捕まりません」

すらすらと返答を続けられることに、ほっとした。

仁志にまで嘘をつくのは本意ではないが、今はまだ綾瀬たちを信用しきれない。

平然とした顔で、嘘をつき続けるしかないのだ。

綾瀬の紅茶色の瞳が、眼鏡に隔てられた光の瞳を捉えようとしている。

長い前髪に遮られて、カラーコンタクトで黒くなった少年の双眸は埋もれていることだろう。

それにも関わらず、光はまるで真っ向から視線をぶつけ合っている気分になった。

綾瀬は妙なところで鋭い。

天然なのか、確信犯なのかさっぱり掴めない。

精一杯に取り繕ったこの嘘も、もしかしたら看破されているかもしれないと思うと、冷や汗が吹き出そうになる。

部屋全体に満ちた、どこか納得しかねる空気を誤魔化すように、さり気なく視線を穂積に戻した少年は、もう一度頭を下げた。

「本当に、ご迷惑をおかけしてすいませんでした」
「長谷川」

呼ばれた名前に、動揺しかける。

光が疑われて一番困るのは、穂積だ。

何せ失踪したことになっていた自分は、対面の男と夏を共に過ごしたのだ。

この中で唯一「千影」を知っている穂積に、光が疑われるのは非常に危険であるのは言うまでもない。

もし彼に光と千影をイコールで結ばれてしまったら。

回避すべき絶対事項であると理解している少年は、しかし「長谷川」という呼びかけに違和感を覚えずにはいられなかった。

ずっと「千影」と呼ばれていたから、久しぶりのその苗字がまだ耳に馴染まない。

夏は持ち込まないと決めたのに、こんなままではいけないと、光は「千影」を振り切りながら顔を上げた。

視界に映りこんだのは、穂積のいやに真剣な表情だった。

秀麗なその貌に鎮座する、黒い眼に鼓動が逸る。

やはり無理があったか。




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