嘘をつかせて。




久方ぶりに足を踏み入れたその部屋は、以前よりもずっと狭く感じられた。

行事が多い二学期を考慮すれば、所狭しと積み上げられた書類の山は当然なのだろう。

しかし光が感じる圧迫感は、そんな物理的な原因によるものでは決してなかった。

「それで、ここに呼ばれた理由は分かっているな」
「はい」

遮光カーテンのかかった大窓を背景に、デスクについた学院最高権力者は言った。

こちらを射抜く黒曜石の眼を、直立したまま受け止める。

碌鳴館の生徒会執務室。

応接とは名ばかりのソファセットには、副会長の綾瀬と会計の歌音が、扉の脇に控える男は逸見、自分のデスクについているのは仁志と眼前の穂積だ。

生徒会メンバーが勢揃いをした空間は、奇妙な緊張感に支配されていて、光は伸びた背筋に汗が伝う錯覚を覚えた。

まるで裁きを待つ罪人の気分だ。

明日の始業式を前に、呼び出されたのは朝一番。

何が問われるかを疑問に思うはずもなく、光は用意していた粗筋を振り返る。

「この夏季休暇中、お前はどこにいた?」
「親戚夫婦が借りている別荘にいました」

淀みなく唱えたのは、嘘。

ここに来て光の唇が嘘を紡いだ理由は、一重にこの場にいる人間だった。

学院に戻って来た直後、部屋に飛び込んで来た仁志から、彼らが帰省届けに記したマンションを訪ねたことは聞いていた。

過去の調査資料や変装道具など、事務所に収まりきらない荷物を置く倉庫として借りていた一室を、帰省先として学院側に提出していたのだが、まさか誰かが訪ねて来るとは予想外だった。

いくら帰省届けを提出したからと言って、光が逃走したのはサマーキャンプの事件のすぐ後。

もぬけの空となったベッドを見て、彼らがどれだけ心配してくれたのかが分かる。

それでも、自分を取り囲む人間の中に真実を話せる相手は、たった一人しかいない。

仁志にはすべてを話すと決めた。

城下町で別れてしまったけれど、出来るだけ早く木崎に話を通して、真実を伝えたいと思う。

だが光がそう決めた存在は、まだ仁志だけなのだ。

綾瀬や歌音、逸見。

仁志ほどよくは知らない三人に、正体を告げることは出来ない。

信じたいと思っていても、仁志のように信じきれていない今の光には、生徒会役員全員が揃った現状で、正直に告白することは出来なかった。

「別荘?」
「はい、帰省届けの住所を変更していなかったみたいで、ご心配をおかけしました」

神妙な様子で頭を下げると、背後のソファから疑問符がかけられた。

「入居したのは六月ごろって隣の人から聞いたんだけど、伯母さんご夫婦はあのマンションにそれまで住んでいなかったの?」

実際にマンションまで足を運んでくれた綾瀬。

まさか隣人に話しを聞いていたとは思わず、内心だけで頬を強張らせた。




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