だからこそ、心配なのだ。

木崎が「それ」を行うと知って、今尚頭に浮かぶのは一つの事件だったから。

胸に押し寄せる圧迫感と焦燥は、まだ色褪せることなく息づいている。

「……無茶だけはしないで下さいね」

あんな思いは、もう二度としたくない。

もしあんなことがもう一度起こったら、今の狂った自分は何を仕出かすか分からない。

懇願とも取れる言葉に含まれた真意を、眼前の男は見破っていた。

当時よりもずっと余裕のある微笑を浮かべ、強い意思の灯る目で間垣を射抜いた。

「俺が何のためにマトリ辞めたか忘れたか」
「そうでした。あーあ、本当に変わったんだなぁ、フミさん」
「とっくに十年過ぎてるんだ。変わらない方がおかしいだろ」
「そうですね。でも、フミさんはいい意味で変わっているんですよ。どんどんかっこよくなっています」
「男に褒められても嬉しくねぇよ」

軽く笑いながら、相手はポケットから煙草を取り出し火をつける。

セブンスターメンソールのボックスを捉え、思わず目を見張った。

「ださいデザイン……」
「ん?あぁ、他の不味いんだよ」
「まだそれ吸ってたんですね」

彼が喫煙者なのは気付いていたが、実際に何を吸っているかまでは分かっていなかった。

何せ会うのはほとんどが仕事中だ。
嗜好品を楽しむ暇はない。

「……どっかの馬鹿が五月蝿いからな。不能になったらどうすんだっての」
「責任取りましょうか?」
「調子のんな」

ゲシッと放たれた蹴りは鳩尾に吸い込まれた。

「DVですよ……」
「お前は俺の家庭の人間か?」
「希望者です」
「生憎、千影で定員だ」

あぁ、扱いの差がひど過ぎる。

だがこんなに邪険にされるのは、自分くらいだと思うと落ち着いてしまう。

間垣もまた、流れた年月の間に変わったのだ。

恐らく木崎とは逆の、悪い方向に。

「お前もう帰れ。明日も仕事だろう」
「本当に上げてくれないんですね」
「くどい」

足で背中を押され、渋々引き下がる。

また来ますね、と言えば来るなと返されるのは予想できたから、何も言わずにマンションの廊下をエレベーターに向かって歩き出そうとした。

「康介」
「はい?」

と、不意に後方から呼びかけられる。

振り返れば扉を閉める途中の木崎が、唇で弧を描く。

「お前は必要なやつランキング第一位だ」

言うや、パタンと扉は閉められて、鍵をかける音が静かな深夜の世界にやけに響いた。




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