ただいま。




広い部屋は、静まり返っていた。

不在の間にルームクリーニングが入ったらしく、埃臭くもない。

リビングのローテーブルの上には、ビニールに包まれた制服が戻って来ている。

寝室の扉を開ければ完璧なベッドメイク、デスクがあるだけの部屋には二学期の行事予定表が届けられている。

碌鳴学院生徒寮、成績優秀生だけが与えられる一人部屋には、不恰好な少年がいた。

ボサボサな黒髪は時代遅れの黒縁眼鏡にかかるほど長く、白い顔の造作を判然とさせない。

家柄に次いで、容姿を含めた個人の資質が重要視されるこの箱庭において、歓迎されない外見。

六月初頭にやって来た、久方ぶりの転校生。

長谷川 光が、そこにいた。

「帰って来たんだ……」

無音の空間に漏らした一言は、感傷の音色には程遠い。

どこか息苦しさを帯びているのは、直面しなければならない現実を知っているからだ。

光は出て行った時と同じだけの、少ない荷物が入ったスポーツバッグをリビングに投げると、まだ私服を纏ったままの細い体を真っ白なソファに沈めた。

「……」

帰ってきた。

光はこの箱庭の中に、調査先に、帰ってきたのだ。

始業式は二日後だったが、生徒が学院に戻ってくる期間は昨日から明日までの三日間と定められており、例に漏れず光も寮のフロントで預けていたカードキーを受け取った次第である。

顔見せた少年に、フロントの黒服は一瞬だけ驚いたようにも見えた。

突然いなくなった生徒として、連絡を受けていたのかもしれない。

正規の手続きを踏んで帰省したとは言え、仁志を始め誰にも言わずに姿をくらませたのだから当然か。

眼鏡の内側で目蓋を下ろすと、細い息を吐いた。

カーテンから夕日が差し込んでいる。

数日前までは、この時間帯の城下町を駆けずり回っていた。

夜になればあの男と落ち合って、色々とキナ臭い場所に下りて行った。

すっかり信じていた。

真昼と呼ばせてくれた男のことを、信じられた自分が嬉しくて堪らなかった。

彼と真実の姿で出会わなければ、己はまだ踏み切ることが出来ないでいただろう。

他者を信じきれず、友達になるために動こうとも思わず。

暗い底で足踏みをしていた。

穂積との時間があんまり嬉しくて、最後の最後に自分を甘やかしてしまうほど。

また、会えるかもしれないなんて。

ヒントを与えてしまった。

光と千影をイコールで結ばれては困るのに、自滅行為だ。

気付いて欲しいと思う心を、殺せなかった自分にほとほと呆れる。




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