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戸惑う少年に仁志は笑いながらも、自身が座る対面の席を指差した。
「ま、とにかく、座れっ……ははっ……」
「何だよ、笑ってないで教えろよ」
「いや、たぶん見た方が早い……っ、ウチじゃその方程式は当てはまらないってことが、よく分かるはずだ……はっ…あー笑った、マジ笑えた」
そんなに笑うことだったとは思えないが、打てば響け……いや響き過ぎの仁志だからと思って、光は怪訝な顔つきのまま、相手の向かいの椅子を引こうとして。
出来なかった。
「え?」
椅子の背もたれにかけた自分の手。
その細い手首を捉える、大きな掌が視界に入る。
ぎりっと音がしそうなほど強く掴まれて、光の手から不自然に力が抜けおち、奇妙に曲がった。
びりびりと、指先から二の腕辺りまでが痺れだす。
驚きに満たされた面を持ち上げた少年は、己を見下ろす存在に言葉を失った。
「あ……会長」
仁志の一言が、零れ落ちる。
周囲もまた光を捕らえる男の存在に気づいたのか、どっと凄まじい歓声が食堂を揺らした。
「きゃぁぁっ!!穂積様っっ!」
「どうしてこちらにっ!?」
「今日もお美しいですっ!!」
変装をしている自分と同じ、黒髪と黒目。
けれど、無様な己とはまるで違う男が、そこにはいた。
あるべきものが、あるべき場所に存在するだけで、人間はこれほどまでに完璧な美貌を手に入れられるのか。
涼やかな黒曜石の目元と、通った鼻筋。
緩く弧を描く口元は、やんわりと色香が漂うようだ。
「綺麗」と評するのが最も正しいけれど、決して女性的ではない。
男性特有の艶やかさを持つ男は、その秀麗な面に紳士的な笑顔を浮かべた。
上質な微笑は匂やかに香る。
けれど、光は優しげな彼の表情に、明らかな違和感を受け取った。
何かが間違っているような、何かを繕っているような。
自分とよく似た、空気を。
少年が違和感の正体を知ったのは、すぐ。
「この生ゴミはなんだ……仁志」
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