紡ぐ言葉は「さようなら」。
「真昼はさ……」
「なんだ」
パチパチと慎ましやかに弾ける線香花火を見つめながら、千影はしゃがんだ膝に顎を乗せてポツリと言った。
あっと言う間に減ってしまった花火のクライマックスは、やはり定番に限る。
先刻までの派手な灯りから一転、夜がずっと強い中で小さな星が懸命に瞬いている。
少年は薄っぺらな紙を摘み、じっと身動きをしない。
ベンチに腰掛けた穂積もまた、火を点けた線香花火を意識して動きを止めていた。
耳に入るものと言えば、蝉の鳴き声と花火が爆ぜる音だけで、紡ぐ言葉は明朗に響いた。
「どうしてそんなに、優しいんだよ」
「人間が出来てるからな」
「傲慢魔王のくせに」
「は?」
もう何度目だろう。
助けられた回数は。
光としても、千影としても、自分は何度彼に助けれられたか知れない。
物理的なことだけでなく、形のない内側の想いまで。
穂積はその身体で、言葉で、いつだって澱に沈みかけた少年を掬いあげてくれた。
出会って間もない「千影」にすら優しかった彼。
今は複雑な思いよりも、触れる彼の心に不思議な安堵と寂しさを覚えてしまう。
傲慢魔王のくせに、どうして。
「なんでもない。けど、ありがと。俺、この夏真昼と会えて本当によかった」
曖昧に微笑めば、穂積が苦笑した。
「まるで別れの挨拶だな」
千影の花火が明滅を止め、丸い灯火になる。
そう時間を置かずに落ちてしまうであろうそれを見つめたまま、千影は緩やかな笑みで言った。
「うん、今日でたぶんお別れだ」
「なに?」
「夏が終わるだろ。もう、会えない」
「……理由は?」
訝しげな問いは、突然の別れに対する動揺を帯びている。
惜しんでくれているのだろうか。
自分と同じように、離れがたく思ってくれているのか。
だとしたら、嬉しい。
自分ばかり寂しさを感じるのは、不愉快で辛すぎる。
穂積の線香花火は、まだパチパチと鳴っている。
「俺はまた、消えるから。でも、もし真昼が俺のことを本当に見ていたなら、きっとまた会える」
数日後、「千影」は消える。
千影の代わりに現れるのは、この夏消えていた「長谷川 光」だ。
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