ウェイターがいなくなると、千影は疲れたようにソファに身を沈めた。

仁志とのことも、穂積とのことも。

学院に戻れば難しい問題が山と積まれているのだから、眉間にしわだって寄る。

逃げてばかりいたが、いよいよ逃げ場も狭くなって来た。

意識を内側に向けていた千影に、対面から問いかけが聞こえた。

「……お前、友達は?」
「は?」
「友達だ、いるのか」

穂積に教えている自分についての情報は、最小限に留めている。

名前と、携帯の番号、アドレスの三つだけ。

アイスティーはレモン派だとか、吸いはしないのに煙草の臭いがするだとか。

細かい諸々は接する中で自然とバレているだろうが、己の詳細を誰が語ろう。

認めざるを得ないほど、自分の正体に気付いて欲しいと願っていても、実行に移すほど愚かでもなければ度胸もない。

彼と別れるときは、細心の注意を払いいくつか回り道をしてマンションに戻るようにしているくらいだ。

こちらが詮索を拒んでいると察しているらしく、穂積も千影自身に関する質問を投げかけてくることはあまりなかった。

だから、珍しい。

不意を突かれたというのもある。

しかし最たる理由は、別だと自覚していた。

「いるけど……いない」

千影は、素直に答えていた。

男の顔が怪訝そうに顰められる。

「意味が分からない」
「向こうは俺のことを友達だと思っているけど、俺は思えない。思っちゃいけない」
「どうして?」
「俺の心は、真っ直ぐじゃないから」
「っ……」

膝の上で組んだ自分の手を見つめながら、口にした。

二人だけの弓道場で向かいの男と交わした約束を、千影はまだ果たすことが出来ていない。

真っ直ぐになると宣言したのに、こうして優しい彼を欺き騙している。

仁志の追及からだって逃げ出した。

相も変わらず、真っ直ぐには程遠いままだ。

そうして真っ直ぐになるための努力に、手を伸ばすのを逡巡していた。

自分を取り巻く現実が、ストップをかけているだけではなく、恐怖心から萎縮しているのが情けない。

考えれば考えるほど捻じ曲がっている、己の心に嫌気がした

「真っ直ぐじゃない俺には、友達になる資格なんてないんだ」
「……」
「って、ごめん。こんな話したって仕方ないよな。調査の話をしよう」

果てのない暗闇に落ちかけた千影は、渦巻く暗雲を誤魔化すように苦笑をして、ぶつかった穂積の表情に首を傾げた。

「なに?」
「あ……いや。そうだな、調査の話、だな」

何かに動揺をした風の男は、どこかぎこちない動きで頷いた。

何が彼の頬を強張らせたのか、さっぱり分からない。

あまり見る機会のない相手の反応を気にしつつ、千影は用意して来た今日の調査場所について話始めた。




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