◇
千影はぼんやりとそれを眺めつつ、目を惹かれた理由を悟ってしまった。
羨ましい、のだ。
自分は。
友人になりたい相手はいるのに、己の嘘に塗れた身を考えた途端、恐ろしさのあまりに踏みとどまってしまう。
信じる気持ちは定まりつつあっても、真実を語ることで彼の怜悧な貌に何が刻まれるのかと想像すると、沈黙を選びたくなる。
それでも学院にいる間は、仁志との友人関係を作ることが出来た。
例え本心では臆していても、例え仮初の友情だとしても、あの面倒見のよい金髪頭と友人でいられた。
けれどその紛いものの関係も、破綻してしまったかもしれない。
まだ信用することの覚悟さえなかった月初めの夜。
光の中の千影に踏み込もうとした男から、逃げてしまったのだから。
今尚、携帯電話に電源を入れられないのだから。
こんな自分と、友人でいたいと。
仁志は思ってくれるだろうか。
あの、真っ直ぐ過ぎるほどに真っ直ぐな男が。
何の躊躇いもなく笑い合う目の前の二人が、千影には羨ましく思えたのだった。
「店に入らないのか?」
「え?」
不意に背後からかけられた声に、少年はハッと顔を上げた。
ベンチの後ろからこちらを覗き込むように見下ろす男は、端整な顔をおかしそうに緩ませた。
「熱中症になる、ぼんやりしてないで行くぞ」
ブラウンの髪を梳くように撫でてきた手が、どこか優しさを帯びていたのは気のせいだろうか。
さっさとカフェに向かって歩き出した男の背中を、千影は追いかけた。
店内に入った途端、流れる微かなBGMと冷房のひんやりとした空気が肌を撫でた。
こちらに気付いたウェイターが、小さく会釈を寄越す。
毎日同じ時間にやって来る二人組みは、常連と認識されたのだろう。
定位置の席に穂積と向かい合って腰を下ろせば、すぐにタブリエがやって来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「アイスコーヒーとアイスティーを」
「かしこまりました」
今更ミルクかレモンとも聞かれない。
店員が千影たちに慣れたのと同じくらい、千影はこの店に慣れていて、そうして。
「真昼さ、俺が別の頼むとかって考えてないだろ」
「頼まないだろう」
「頼まないけど」
彼を「真昼」と呼ぶことにまで、慣れてしまった。
数日後にはまた呼ばなくなると言うのに、唇は彼の音色を滑らかに紡ぎ出す。
不味い。
歓迎できない変化。
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