千影はぼんやりとそれを眺めつつ、目を惹かれた理由を悟ってしまった。

羨ましい、のだ。

自分は。

友人になりたい相手はいるのに、己の嘘に塗れた身を考えた途端、恐ろしさのあまりに踏みとどまってしまう。

信じる気持ちは定まりつつあっても、真実を語ることで彼の怜悧な貌に何が刻まれるのかと想像すると、沈黙を選びたくなる。

それでも学院にいる間は、仁志との友人関係を作ることが出来た。

例え本心では臆していても、例え仮初の友情だとしても、あの面倒見のよい金髪頭と友人でいられた。

けれどその紛いものの関係も、破綻してしまったかもしれない。

まだ信用することの覚悟さえなかった月初めの夜。

光の中の千影に踏み込もうとした男から、逃げてしまったのだから。

今尚、携帯電話に電源を入れられないのだから。

こんな自分と、友人でいたいと。

仁志は思ってくれるだろうか。

あの、真っ直ぐ過ぎるほどに真っ直ぐな男が。

何の躊躇いもなく笑い合う目の前の二人が、千影には羨ましく思えたのだった。

「店に入らないのか?」
「え?」

不意に背後からかけられた声に、少年はハッと顔を上げた。

ベンチの後ろからこちらを覗き込むように見下ろす男は、端整な顔をおかしそうに緩ませた。

「熱中症になる、ぼんやりしてないで行くぞ」

ブラウンの髪を梳くように撫でてきた手が、どこか優しさを帯びていたのは気のせいだろうか。

さっさとカフェに向かって歩き出した男の背中を、千影は追いかけた。

店内に入った途端、流れる微かなBGMと冷房のひんやりとした空気が肌を撫でた。

こちらに気付いたウェイターが、小さく会釈を寄越す。

毎日同じ時間にやって来る二人組みは、常連と認識されたのだろう。

定位置の席に穂積と向かい合って腰を下ろせば、すぐにタブリエがやって来た。

「ご注文はお決まりですか?」
「アイスコーヒーとアイスティーを」
「かしこまりました」

今更ミルクかレモンとも聞かれない。

店員が千影たちに慣れたのと同じくらい、千影はこの店に慣れていて、そうして。

「真昼さ、俺が別の頼むとかって考えてないだろ」
「頼まないだろう」
「頼まないけど」

彼を「真昼」と呼ぶことにまで、慣れてしまった。

数日後にはまた呼ばなくなると言うのに、唇は彼の音色を滑らかに紡ぎ出す。

不味い。

歓迎できない変化。




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