あいつ。




カレンダーにつけたバツ印。

過ぎた日々を埋めて行く赤ペンは、千影のカウントダウンだ。

あと一週間で、自分は再び「光」へと戻る。

まったく望んでいなくても、夏季休暇の終了は目前。

疑いを持たれたまま、無言で逃げた自分に何が待っているか。

考えるまでもない。

学院を出てから一度も画面を見ていない携帯電話は、電源を入れた途端どんな文字を表示するだろう。

想像するだけでも恐ろしいのに、少年の脳裏には具体的な数値まで浮かんできそうだ。

「はぁ……」

リビングのサイドボードに卓上カレンダーを掘り投げ、重量感溢れるため息をつく。

千影は「光」に戻る。

それは同時に、これから顔を合わせる男との、ある意味では別れも意味してもいた。

「はよ……ってちぃ、どうした?」
「おそよ。その呼び方やめろってば」

寝巻きのスウェットとTシャツ姿の保護者が、自室から出てきた。

時刻は十一時になる。

「おそよう」どころか「こんにちは」が正しいくらいだ。

売人狩りが一先ず終了してからこちら、情報収集をメインに活動をしていた木崎と千影だが、ここ最近の保護者は何やら部屋にこもっていることが多い。

情報収集は足だ、なんて古臭い刑事ドラマみたいなことを言う彼を考えれば、一体何をやっているのやら。

別件で動いているのではないかと推察しているが、黙って穂積と捜査をしている身分では指摘するのも少々心持が悪く、お互い何も言わずに個々人で活動をしていた。

「昼飯、特に用意していないんだけど」
「俺も支度したら出るから気にするな。もう行くのか」

穂積との待ち合わせに時間は決まっていないけれど、暗黙のうちに昼頃集まるのが決まりになっている。

仮住まいにしているこのマンションから、城下町はすぐだから出るには少し早い。

だが後ろ暗さを抱える少年は、「ん」と短く返事をして玄関へと爪先を向けた。

「あ」
「……なに?」

スニーカーを履いたところで、背後から聞こえた一音。

思わずギクリとしてしまったが、木崎はペットボトルのミネラルウォーターに口をつけつつ、キッチンから顔を出した。

「お前さ、「ゴミ虫」って知ってるか?」
「げっ」
「げ?」

今度はこちらが一音。

嫌そうに顔を顰めた千影に、壁にもたれた男が首を傾げる。

「なんだ、げって」
「俺のことをそう呼ぶ人が、学院にいるんだよ」
「……へぇ。どこのどいつだ、いい度胸してんな。二度と舐めた口きけないように、二三発殴っとけ。俺が許可する」
「ムリ言うなよ。生徒会長だぞ?」
「生徒、会長?」

男は何故か唖然としたように、口からボトルを外した。

学校生活のトップに立つ人間が、そんな子供染みた悪口を言うとは思わなかったのかもしれない。

「そう。ほんとにそんな虫がいるかどうかは知らないけど。じゃあ俺行くから、行ってきます」

そりゃそうだ、と自己完結を終えた千影は、今度こそ背後を気にせず玄関を潜った。

バタンと扉が閉まった向こうで、四十を迎えた男がクスクスと笑い出したことも。

「あいつ、趣味がいいな」

と、零していたことも。

何も知らないまま、入道雲と太陽光がせめぎ合う空の下、木崎の言う「あいつ」に会うため灼熱のアスファルトに踏み出した。




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