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だが、綾瀬の口から語られた台詞は、最後の望みを打ち砕く。
「出ないんだ、誰も」
「っ……」
「コールはするのに、何度鳴らしても誰も出ない」
「外出しているだけかもしれないじゃないですかっ」
思わず強くなってしまう語調は、不穏な高鳴りをみせる心臓のせいだ。
光のいる可能性は、もうそこだけなのだから。
だから、いないはずがない。
甘栗色の長い髪が、頭を横に振ったことでサラリと揺れた。
否定のジェスチャーに息がつまりかける。
「どう、して?」
「……かけたの、今日が初めてじゃないんだ。長谷川くんがいなくなってから、毎日時間をズラしてかけてるんだよ。携帯も、繋がらないんでしょう?」
脆く壊れそうな瞳に見つめられ、言葉を失った。
誰もいない。
まるでベタなホラーではないか。
つい数週間前までは共に食卓を囲んでいた相手が、完全に姿を消してしまったのだ。
それだけでなく、彼を取り巻くはずの人間さえ見つけられない。
持ち得るだけの情報を使っても、たどり着くのは空っぽの結果。
親戚夫妻の家は無人。
両親が住むはずの住居には、電話だけ。
光の携帯電話は、あの日から一度も電源が入っていないのか、何度かけても合成音声に出迎えられる。
メールの返信だって当然ない。
ぶわりと膨れ上がった不安という暗闇が、仁志の背筋を駆け上り冷や汗を促した。
キザキを追いかけ、光を追いかけ、ようやく真実へ伸ばした手は虚空をかいた。
何もない、真っ暗な空間を。
「仁志くんのことは信じてる。長谷川くんのことも信じたい。けど、長谷川くんが本当に存在しているのかも、分からなくなって来るんだ……」
「……先輩は、光のことを疑っているんですか?」
「長谷川くんとドラッグを、結び付けようとは思ってない。ただ、彼という存在の不確かさが、怖いんだ。僕が好きになった人間が、まるでどこにもいないかのような現実が、ただ怖いだけなんだよ」
それは正しく仁志の想いと一致した。
これまで傍にいたはずの友人は、自分が見た夢か幻で現実には存在などしない気持ちにさせられる。
冷静なツッコミをするくせに、時折突拍子もない真似をする光。
テストの答案を見せ合えば、負けたと悔しがった。
綾瀬とのことで心が落ち着かないとき、彼の部屋で勝手に寝ていても怒らずにいてくれた。
少し記憶を振り返れば、たった二ヶ月程度にも関わらず、溢れんばかりの出来事が色鮮やかに蘇るのに。
それなのに。
「長谷川 光」は存在するのか。
恐怖によく似た寂寥感が、部屋に漂う。
俯いた綾瀬の細い肩が、小刻みに震えていると気づいていしまえば、躊躇のしようもなかった。
仁志は眼前の相手を胸に抱きこむと、存在を確かめるように腕にぎゅっと力を込めた。
細い身体は僅かに強張り反応したが、男の体温に引き寄せられて、ゆっくりと身を預ける。
背中に回った綾瀬の手に、抱き締める力を更に強くした。
「俺もです。光はいるのに、いたはずなのに……消えちまったみたいだ」
「仁志くん……」
「本当のアイツは、どこにいるんだよ……」
キザキはいない。
光もいない。
なら、自分が追っているのは誰なのだろう。
自己嫌悪を覚えるほど情けない声なのに、今の仁志には綾瀬を解放することが出来なかった。
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