『いえ、こちらにはお戻りになられておりません』

耳に当てた携帯電話の回答は、鬱屈とした気分を晴らしてくれることはなかった。

僅かな落胆と動揺を堪えた声で、短く礼を告げると通話を切る。

仁志は素晴らしい夜景を映し出す硝子窓に押し付けた拳を、きつく握り締めた。

綾瀬が懇意にしている系列のホテルに部屋を取り、あのマンションから引き上げては来たものの、渦巻く混乱は学院を出る前から少しも改善されていない。

むしろ助長されただけだ。

ジュニアスイートに漂う空気は、豪華な造りに比例するように重苦しく、宿泊者の胸中を如実に物語る。

訪れた友人の帰省先で得られたのは、あまりに大きくそして少ない情報。

光が、いない。

申請された住所に行けば、当然会えるものと思ってやって来た自分の、なんとおめでたいことか。

真実を聞き出す覚悟を決めたのに、現実は少年の影さえ掴めない。

電話をかけたのは碌鳴の学生寮で、予想通り帰ってはいなかった。

学院にいない、帰省先にもいない。

仁志たちの心当たりといえばそれだけで、これ以上光を探すことも出来ないのだ。

後藤の台詞で売人との繋がりは懸念項目から外されたが、ここに来て跳ね上がったもう一つの不安。

本来ならばいるべき場所に、いるべき人間が誰もいない事態は、仁志の中で光の存在を一層頼りなくさせる。

ただでさえ『キザキ』の件もあって疑問ばかりなのに、こうして行方をくらまされては、まるで自分の友人が存在しないのではないかと錯覚しかけた。

「どこにいんだよ……」

苦々しい呟きは、部屋の扉の開閉音と被さった。

我に返って掌の携帯で時刻を見れば、オーナーに挨拶をして来ると言って綾瀬が出てから、もう随分と時間が経っていた。

リビングへと入って来た先輩を振り返った仁志は、しかし相手の様子に眉を寄せた。

「綾瀬先輩?」
「……」

ストンッと力なくソファに座り込む綾瀬は、呼びかけに応じることもなく明らかに変だ。

何事かあったのかと近付けば、揺らめく瞳とぶつかり心臓が不気味な音を立てた。

彼らしからぬ呆然とした面持ちに、これから語られるであろう話の内容が、決して朗報でないことが分かる。

仁志は怯みかける自分を振り切るように、絨毯の敷かれた床に膝をついて、綾瀬の顔を覗き込んだ。

「何が、あったんですか」
「……長谷川くんの」
「え?」
「長谷川くんのご両親の家に、電話して来たんだ」
「それって海外の、ですよね」

そうだ、光がいる可能性のある場所は、国内だけではないとすっかり失念していた。

残り少ない夏季休暇だが、親の転勤先に行っていないとは限らない。




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