◇
内部は閑散としていて、壁際に居住者のポストがずらりと並んでいた。
気になることでもあったのか、ダイアル式のそれを見ていた綾瀬はこちらに気付くと、奥のエレベーターへと進む。
「部屋は五階です」
「502だっけ」
「そうです。……静かだな」
「この時間はそうなのかもしれないよ」
ボタンを押すと、すぐに箱は上昇を始めた。
独特の浮遊感を感じながら、仁志は拳を握り込んだ。
今度こそ逃がさない。
キザキのことも、ドラッグのことも、光自身についても説明してもらう。
自分が信じた少年が、何を明かすか知れなくとも。
仁志にとって光は、手放したくない大切な友人だった。
エレベーターが止まり、扉がスライドする。
またしても先を行く綾瀬の背中を追えば、すぐに「502」の文字がドア横にかけられた部屋にぶつかった。
だが、何かがおかしい。
何も置かれていないさっぱりとした扉の前で、男は原因が判然としない違和感を覚えていた。
その正体に気付くのは、綾瀬の方が早い。
「表札、入ってないんだね」
「あ……」
防犯目的で郵便受けにネームプレートを入れないこともあるらしいが、自分の部屋まで空欄にするのは普通なのか。
マンション生活の経験はないから、何とも言えないけれど、苗字のない表札は不安を煽る。
あまり見る機会のない硬い表情で、綾瀬がインターホンを押した。
部屋の中から電子音が届く。
ピンポーンという定番が、二人の他誰もいない廊下に漏れて、消えて行った。
「留守か?」
誰かが動く気配もないし、不在だろうかと首を傾げるが、違和感は強くなる一方だ。
緊張とは異なる心臓の不気味な動き。
そのとき、ガチャンッという開閉音がすぐ近くに聞こえた。
隣の部屋から住人の男が出て来たのだ。
一見したところ、学生に見える。
これといった特徴もない凡庸な容姿の彼を、逃す手はない。
「おい……」
「僕が」
声をかけようとした仁志を制し、綾瀬が自ら進み出た。
不安が呼び出した焦燥から動きかけたが、確かに自分の不良然とした見た目より、彼の方が適任である。
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