揺らぐ存在。




SIDE:仁志

ミーンミンミンミン。

ノイズ交じりの高音をBGMにしながら、二つの人影は人通りのまばらな住宅街の道を歩いていた。

夏の午後の太陽に引き伸ばされた影は、地面の上に濃い色を落している。

ここに来て急速に喉が干上がっているのは、暑さのせいだけではなかった。

「仁志くん、お水飲む?」
「え、あぁすいません」

隣から差し出されたペットボトルを素直に受け取った。

聡い先輩のことだから、こちらの異変を察知してくれたのかもしれない。

余計な心配を与えぬよう、生ぬるくなった液体を嚥下した。

器官を下って行く感覚がやけにリアルだ。

礼を言いつつ相手に返しながらも、一時的な潤いはすぐに蒸発してしまうだろうなと、考えていた。

二人がいるのは、学院と隣接する県。

光の疑惑を晴らすため、突然いなくなった本人に話を聞こうと帰省先に向かっているのだ。

両親が海外に転勤する都合で転校して来た少年は、親戚夫婦の家を帰省先として提出していた。

最寄り駅からはタクシーを使い、書類に記載されていた住所の近くで降りた。

「ねぇ、ここじゃないかな。ほら、名前同じ」

言われて仁志も目を上げた。

眼前には六階建てのマンション。

そう新しくもなさそうだが、特別古くもない極有り触れた印象を受けた。

エントランスの入り口に掲げられた名前は、確かに手元のメモと一致する。

最近よく見るマンションセキュリティは導入されておらず、綾瀬はさっさと中へ入って行く。

仁志は緊張で速度を上げた鼓動に、嫌気がさしていた。

お前は誰だと、問い詰めた翌日に光は学院から姿を消した。

当然、会うのはあの夜以来になる。

何故逃げ出したのか、質問の返答は何なのか。

凍りついた表情のわけは、開きかけて閉ざされた唇の理由は。

聞きたいことは山ほどあるけれど、彼が碌鳴を飛び出すまで追い詰めたのは自分だと自覚している分、居心地の悪い緊張を覚えていた。

帰省先とされているマンションまでの距離が、縮まるに従って脈が強くなり、掌に汗をかく。

からからに乾いた口内で、舌がへばりつきそうだ。

追いかけて来た自分たちを見て、転校生はどう思うだろう。

嫌がられても仕方がないと思うが、やはり眉を顰められる場面を想像すると、綾瀬を連れて帰ってしまいたくなる。

それでも。

仁志は内側の気詰まりの塊を吐き出すように嘆息して、先駆者の後姿を求めてマンションに入った。




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