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SIDE:木崎
――アイツは、誰も信じてない
思いがけず鼓膜を打ったフレーズは、相手の本心を見極めようと眇めた木崎の瞳を、見開かせるだけの威力を有していた。
身の丈はそう変わらなくとも、こちらからすればまだまだ経験不足なガキに分類できる男は、今なにを口にした。
驚愕に背後からぶつかれた心持になれば、自分が穂積を侮っていたと認めざるを得ない。
仕方のないことだろう。
誰よりも近い場所で千影の傍にあった己と、ここ数日過ごしただけの穂積。
高を括って当然だ。
穂積が千影の内面を理解していたなんて、どうして思える。
最終的なところで、千影は誰も信じていない。
これは事実だ。
恐らくは保護者である自分のことも、完璧には信用できていないはず。
否。
出来るはずがない。
過去の己の所業は、あまりに大きな代償をもたらした。
贖えないほど、大きな代償。
千影から、信じる心を取り上げてしまった。
狭くて広いこの世の中で、より辺を作る術を奪ったのは自分。
彼を孤独に突き落としておきながら、千影が大切だとのたまわう自分を嫌悪する。
こんなことになるならば。
後悔しても意味はない。
当時の自分は先に待つ未来を知ったとて、同じ道を選んだだろうから。
若かった、追い詰められていた、けれど何より馬鹿だったのだ。
何も分かっていなかったあの頃が、男の中に蘇り、ゆっくりと沈んで行く。
千影の欠落をつくった当人だからこそ、木崎は少年の不信を知っていた。
と同時に、あの子供がこれ見よがしな態度を取るはずがないことも、共に過ごした十七年で知っていた。
基本的に冷静な思考と口調ではあるものの、他人と距離を置く素振りもないし、初対面の相手とも物怖じせずに言葉を交わすことが出来る。
人当たりは悪い方じゃないだろう。
ならば何故、僅かな時間しか接していない穂積が、少年の最大の欠陥に気付けたのか。
答えは、穂積の瞳にあった。
彼はただ目を合わせたのだ。
今もフロントガラスの外、遥か遠くを見つめる曇りのない瞳で、千影と目を合わせ続けた。
人はきちんと視線を向けられたとき、少しだけ心の扉を開けてみる気になる。
この人ならば平気かもしれないと、無意識を揺さぶられる。
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