美しい魔王。




「にしても、妙な時期の転校だよな」
「そうかな」

午前の授業を終えると、光は仁志に誘われ学食へと向かっていた。

座っているときから気付いていたが、仁志の方が身長が高いので、会話をするときは必然的に目線が上になる。

己の背丈に不満はなくとも、少し羨ましかった。

教室のある東棟から本校舎へと進む道は、お昼休みということもあって大勢の生徒たちが廊下を埋めていたが、仁志の姿を目にすれば、まるでモーゼの十戒。

ざっと左右の壁際に身体を張り付け、道をあける。

仁志が通過する間中、目礼している者や、きゃいきゃい黄色な悲鳴を上げる者がいて、眩暈がしそうだ。

いつものことなのか、当のモーゼは気にした様子もなく、平然と光に話しかけていた。

「六月の転校ってそうそうねぇだろ。前の学校はどんなだったんだ?」
「前の学校は……普通の公立だよ。親の都合でこっちに来ただけ」

質問内容に内心ビクつきながらも、用意しておいた経歴を返す。

「親父が急な海外転勤になっちゃって。俺は日本に残りたかったから、全寮制の碌鳴に転入したんだ」
「全寮制なら安心ってことか」
「たぶん」

もっともらしい理由は、木崎が作ったものだから心配はないはずだ。

しかし、傍らの生徒は嘲笑うように口を攣った。

「外から来たお前には、ここの方がよっぽど危険かもしれねぇぞ」

「え?」
「今に分かる。長年、碌鳴に居ると神経が麻痺っちまうからな」
「パーキンソン?」
「何でだよっ、アホ!」

シルバーリングに飾られた指で頭を叩かれたが、光は今ひとつ分からないまま。

そう言えば、さっきも仁志は自分のことを『外から来た』と言っていた。

碌鳴グループの一環教育を受けていない者をそう呼ぶのだろうけれど、何がそんなに違うのか。

こうしている今も、身を貫く悪意には意味を知らないながらも慣れてしまったし。

「ま、俺が面倒見てやるから、そう心配すんな」
「よろしくお願いします?」

取り合えず会釈してみたら、仁志がくつくつと楽しそうに笑った。

「お願いされた。……と、着いたぞ」
「あ、食堂……って食堂っ!?」

本校舎の一階。

ガラス扉が開け放たれたその空間に、光は驚かずにはいられなかった。

入り口で立ち止まった二人の下に、さっと黒服が現れる。

「いらっしゃいませ、仁志様。お連れの方もご一緒でよろしいですか?」
「あぁ、構わない」
「専用席へご案内致します。こちらへどうぞ」

カットグラスのシャンデリアが天井から吊るされ、真っ白なタイル床を輝かせる。

壁には有名な絵画や花が飾られ、食事の空間を華やかに演出している。

四人席のテーブルが十分なスペースと取って配され、その合間をウェイターが音もなく動いていた。

耳に入ったヴァイオリンのバックサウンドに、光が意識を取り戻せば、いつの間にか仁志が先を歩いていて、慌ててその背を追った。




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