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だが、それを理由とすることは出来なかった。
穂積は生徒会が集めた情報の、すべてを千影に渡しているわけではない。
学院の安全を最優先に考えなければならない身としては、外部の人間に内情をそのまま教えるわけにはいかない。
千影だって同じだ。
彼からもたらされる情報も、恐らく実際に持っている内の一部なのだろう。
打ち合わせに上るのは、取引が行われていそうな場所に偏っていた。
互いに自己の不利益にならないか考えつつ、情報を交換している。
ならばドラッグ調査を理由にすることは出来ないだろう。
穂積が千影と会うのは、会いたいと思うからという、まったく男の言うとおり「温い」もの。
それでもその「温さ」こそが、真実なのだ。
「アイツは、誰も信じてない」
「……」
「俺は、アイツに信じてもらいたいと思った、それだけだ」
穂積は一切迷いのない眼で、言い切った。
ドラッグの情報など、本当はさして問題ではない。
橙色の光りを浴びて、アイスティー色に煌いた綺麗過ぎるほど綺麗な涙を目にしたときから、穂積の心はそれだけを願っていた。
千影といるのが好きだ。
彼との空気はひどく心地よくて、楽な呼吸が出来る。
自分の頭上に掲げられた付加価値を、知らないというのもあるだろう。
姓を名乗らなければ、家も肩書きも血も知られないままだ。
始めから余分な情報を与える脅威は、骨身に染みて分かっているから、名前しか名乗らずにいた。
でも、それだけじゃない。
そんな表層的なものではなくて、もっとずっと根本的で本質に宿る何かが、穂積と千影の纏う空気を真綿の微風にしているのだと、穂積は気付いていた。
千影と自分は似ている。
容姿も性格も、言動だってまるきり異なるけれど。
一つの存在として、内側に潜む核が呼応している錯覚さえ起こす。
似ていて、けれど別物だから。
気になった。
切なる訴えが、やけに響いた。
一人にしたくないと、思った。
ほとんど強制的にと言ってもいい。
不可抗力のうちに心が動いて、護る意志を自覚させてしまった。
信じることを知らない少年に、信じてもらいたい。
信じることの出来ない少年を、孤独から解き放ちたい。
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