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前が見えているのか怪しい、長い前髪。
真っ黒な頭はいつも同じようにボサボサで、見るに堪えない黒縁眼鏡とタッグを組み、根暗を演出している。
そのくせ内面は見た目と正反対で、初対面の段階で醤油瓶を投げつけてくるほど、気が強い。
冷静な口調とは裏腹に、突拍子もない真似ばかりする問題児。
三階から飛び降りてみたり、キレた仁志を止めようとしたり。
自分を陥れた首謀者と唇を重ねたり、何も言わずに学院を出て行ったり……。
蘇った記憶に怒りが再燃しかけて、正気に返る。
どうして今、長谷川 光のことを思い出したりした。
思い出す理由など、どこにもないではないか。
確かに千影との調査をしている間も、穂積の心の片隅には常に転校生の存在があった。
何しろ、光の疑いを晴らすために調査をしているようなものだ。
帰省したと分かっても、気にならないはずがない。
加えて穂積は、彼にとんでもないことをした。
正気ではなかったと言い訳してみても、やったことに変わりはない。
気になっている人間を問われて、浮かぶのは仕方のないことだと思うが、しかし今の状況で思い浮かべるのはまったく正しくなかった。
「千影のことか」
「何か別の心当たりでもあったか?」
動揺を表に出すことなく返事をすれば、クスリと笑われる。
「逃げたゴミ虫の行方が気になっただけだ」
「は?ゴミ虫?そんなん飼ってるのか?」
「比喩だ。それより、さっきからお前は何を言おうとしている」
憮然と言い放てば、男も追及してくることはなかった。
表情を改め、これまでの空気を一変させた。
「お前の真意を聞きたいだけだ。千影と会う理由はなんだ。お前は千影をどう思って接触を続ける」
思いがけず真剣な表情で問われ、穂積はこれが核心なのだと悟った。
のらりくらりとふざけた回答ばかりしていたが、彼は真実千影の身を心配して、穂積を車に乗せたに違いない。
自分の大切にする少年が、不用意な傷など負わぬよう、悪意あるものに近付かぬよう、こちらを見極めるつもりなのだ。
ようやく見えた相手の本心。
穂積には真摯な感情に応える義務がある。
言葉を間違えてはならない、心を偽ってもならない。
慎重に、口を開く。
「あいつといるのが、好きだからだ」
「そんな温い理由で納得すると思ったか」
一蹴される。
千影との関係は、調査協力。
城下町に蔓延しつつあるドラッグは、学院でも深刻な問題となっていて、追い求めるものが同じならばと手を組んだ。
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