SIDE:穂積

人を食った発言を繰り返した男の、思いがけない自嘲の声が鼓膜に残った。

微笑とも後悔とも似た複雑な表情を見れば、気付いた相手の眼とぶつかる。

含まれる色合いは、たった十八年の歴史しか持たぬ己には到底得られない、深く底のないもので、胸にあった苛立ちや不満が自然に溶けて消えた。

がちがちに警戒する気も失せて、穂積はシートに身を預けた。

「……俺に何が言いたい」

わざわざ会話の時間を用意したのだ。

何かしら目的があるのだろう。

言われた内容は、脅しにも聞こえた。

「軽い気持ちであいつに構ってんなら、さっさと手を引け」
「……お前に指図される謂れはない」

硬質な響きに淡々と返せば、男は赤信号で停止をしてから、再度口を開く。

愕然とするのは次のときである。

「穂積 真昼、十七歳。電子機器から医療まで幅広い業界に根を張る巨大企業HOZUMI、現総裁の一人息子であり後継者。初等科より碌鳴グループで教育を受け、現在は碌鳴学院生徒会会長を務める」
「っ!」

淀みなく紡がれたのは、自分の個人情報。

学院に在籍する人間ならば、誰もが心得ている基本的なデータだが、なぜこの男が知っている。

緩めていた警戒を即座に強め、穂積は剣呑な眼で男を射抜いた。

「……目的は何だ、なぜ調べた」
「そりゃ、うちの子に妙な虫がつくのはよろしくないからな」
「ふざけるな、お前……何者だ」
「聞けば言うと思ったか?よっぽど親切な環境にいたんだな」

またしても遊ぶような言い方に、苛立ちが募る。

同時に、この程度の情報ならば簡単に調べられる人間と、千影は繋がりを持っている点が気になった。

穂積の醸し出す威圧は凄まじく、車内はたちまち息苦しい閉塞感に包まれる。

だが運転席の男にはやはり通用せず、ぴくりとも変化のない涼しい顔で、青に変わった信号にアクセルを踏む。

読めない。

この男の目的が、少しも読めない。

家柄の関係上、嘘八百の世界で生きてきた穂積にとって、他人の本音を見破ることは難しくない。

なのに、気取らない余裕を持った隣の人間が、何を考えているのかさっぱりだ。

探る眼を鼻で笑われ、膝上の拳がギシリと鳴った。

「俺が何者かなんて、問題じゃないだろ。お前が本当に気になっている人間は、他にいるんじゃないのか?」

流れを読めば、彼が言っているのは千影のことだと分かる。

男は千影の関係者として現われ、自分も千影のことを知りたくて誘いに応じた。

けれど穂積の脳裏に姿をみせたのは、柔らかな色彩の麗人とは似ても似つかない、不恰好な姿の少年だった。




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