すでにアイスティーの分だけ支払いがされていることに千影らしさを感じつつ、自分の代金を渡して店を出た。

空調の効いた世界を抜け出せば、広がるのは繁華街特有の賑やかさと、照りつける日差しだ。

身体の水分が蒸発しそうだと考えつつ、大通りへの道を進んだ。

碌鳴に在籍する生徒の保護者から、多額の寄付をよせられているだけあり、城下町の道路はテーマパーク並みに整備されている。

どちらかと言えば人通りの少ないこの辺りでも、二車線の道路の両脇には、煉瓦敷きの歩道が続いていた。

長い足でその煉瓦を踏みつけていたとき、こちらのペースに合わせるように、一台の乗用車が穂積の横に現れた。

幼い頃から誘拐などを警戒させられている穂積にとって、自動車の違和感は明らかだ。

さっさと逃げ出すか、この程度のレベルならば締め上げるか。

二択の後者を選ぶ前に、助手席の窓が音もなく下がった。

「お兄さん男前だね、暇ならドライブでもしない?」
「生憎、そういう趣味はない」

運転席から声をかけてきた男に、見覚えはなかった。

三十半ばといったところで、首筋を覆う程度に伸びた髪。

口元の笑みはからかうようで、色男と形容できる相手の魅力を引き上げている。

誘拐犯というよりも愉快犯の線が濃厚だと判断し、絶対零度の冷ややかさで切り捨てた。

だが。

「さっきまで男の子と、楽しそうにお茶してたのに?」

この言葉は聞き流せなかった。

次の瞬間、通りに響いた鈍い音。

ガンッ!と乱暴な悲鳴は、穂積の靴底が助手席の扉を蹴りつけたせいだった。

「廃車にされたくなかったら、今すぐ消えろ」

あてずっぽうか、それとも見られていたのか。

カフェは外から内部を窺えない造りだから、前者かもしれない。

けれど、そのあてずっぽうは穂積の逆鱗に触れていた。

闇色の双眸に殺気を込め、日中にはそぐわない恫喝を落す。

遊び半分で声をかけて来る小物ならば、すぐさま逃げ出す迫力にも、しかし相手は少しも怯まなかった。

返されたのは、予想もしない台詞。

「最近、千影が会ってる男ってお前だろ?」
「……っ」

ふざけた気配はどこへやら、鋭い眼光で見据えられ、言葉の威力と合わさり息が詰まった。

ただの小物ではない。

生半可な気迫では、眉一つ動かさない程度には鍛えられているはずの自分が、僅かに圧されたのだ。

じんわりと背中に滲んだ嫌な汗に、穂積は正面から相手に向き合った。




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