ドライブはいかが?




SIDE:穂積

無人になった対面のソファの前には、まだ半分ほど残ったアイスティーがグラスに水滴を滴らせていた。

いきなり逃げ出されたのは、今回で三度目。

次に会ったときにまで引きずっていることもないし、そろそろ慣れて来た。

穂積は先刻まで傍にあった体温を反芻するように、相手の髪に触れた方の掌を見つめた。

手触りのよい柔らかな感触が、指先に蘇る。

隙間から零れる滑らかさに、覚えはなかった。

なのに。

顔を合わせるたびに、強くなる。

既知感。

言葉を交わすごと、自分は彼を知っているのではないかと錯覚しかけて、身体の内側で困惑していた。

あの心地よい音色が、酷く懐かしい気持ちにさせる。

いつかどこかで耳にしているように、思わせる。

千影の纏う気配や温度、仕草に口調。

何もかもが穂積の記憶を刺激するのに、ブラウンの感触は知らないものなのだ。

彼との調査について、穂積は約束通り他言していない。

丁度、綾瀬には別の仕事を任せてあるから、千影と城下町を動いているところを目撃される心配もないはず。

仲間に秘密を持っている罪悪感はなかった。

男は優しい静けさの漂う店内を見回した。

もうすっかり、店の空気を覚えてしまった。

毎日同じような時間に現れる自分たちを、店員の方も記憶し始めているだろう。

何せ少年の美しさは人目を惹く。

白皙の面は丁寧に整っていて、色素の薄い瞳や髪が穏やかな印象を見る者に与える。

決して小柄ではないが、すらりと伸びた長い手足と厚みのない身体は華奢であることを主張している。

稀に見る容貌の少年。

日に日に増していくデジャヴュはあっても、穂積の記憶に千影のような存在はいない。

夏の休暇は、間もなく終焉。

いつもよりも仕事に時間を取れなかったから、学期明けは忙殺されるだろうな、と冷静に予見した。

千影は、学校に通っているのだろうか。

名前以外に知っていることといえば、携帯電話の番号とアドレスだけで、彼の年齢も知らない。

信用してみると言ってはくれたが、穂積はまだ、千影との間に一枚の壁を感じずにはいられなかった。

しばらくの間、ぼんやりと物思いに耽っていたが、独自に街の見回りもしなければならない。




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