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自分は彼を信じてみようと決意したが、他人にそれを押し付けることは出来ないだろう。
木崎に余計な心配はかけたくなかったし、こちらにとって不利にならない情報しか穂積に流さなければ、このまま口を噤んでいても構わないのではないか。
こんな頼りなくて脆い建前が、あった。
意図的に木崎への罪悪感から目を背けている自覚もある。
相手から生徒会の調査状況を得られるたびに、「これは間違っていない」と言い聞かせて。
無理やり己のとっている行動の重大さを、無視し続けて。
前回の捕り物のあと、保護者との調査は一先ず落ち着きをみせた。
少々派手に動き過ぎたらしく、現在は別行動で地道な情報収集がメイン。
不審がられることなく、穂積と顔を合わせる時間が確保できているが、勘の鋭い木崎のこと。
千影に何かあったと、気付かれている心配は十分にあった。
それでも、今朝の保護者も出かける自分に、平然と「行って来い」と声をかけてくれたのだ。
ごめんなさい。
何も言わなくて、ごめんなさい。
視界から外れた場所では、謝罪の言葉が繰り返される。
謝るけれど、真実は言えない。
千影は信じてみたかったのだ。
初めて自分から、根拠のない信頼を寄せてみたいと思った相手。
信じることが出来そうな相手だから、真の思いで心を預けられるのか、見極めたい。
「どうした、千影」
「え?あ、ううん別に」
気付けば凝視していたらしく、穂積が不思議そうに訊ねて来た。
妙な気恥ずかしさを覚え、ドリンクを飲んで誤魔化す。
「く、クラブは夜からだし、後でまた合流しよう」
「ちょっと待て」
何だか居た堪れない気持ちに苛まれ、早々に逃げ出そうとした千影を、男は思い出したように引き止めた。
差し出されたA4の茶封筒に、浮かしかけた腰を下ろした。
「なに、コレ」
出てきたのは数枚の紙で、ざっと文字をさらった少年はハッと息を呑んだ。
慌てて対面に目を向ければ、穂積が真剣な顔で応じる。
「うちの組織で、ここ数ヶ月妙な動きをしている人間だ」
びっしりと並んだ氏名。
生徒会が独自に調べまとめた、容疑者リスト。
学院内で攻撃対象にされている光では、到底たどり着けなかった代物に悔しい気持ちが片足だけ姿を見せたが、有難いことには変わりない。
言葉を交わしたことはなくとも、チラホラと見かけたことのある名前を見つけ、唇を引き結んだ。
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