隠したものは。
上品に淹れられたアイスティーが、橙色の灯りを受けて艶やかな飴色に輝いた。
店内は丁度よい気温と湿度が保たれ、夏の暑さも通りの喧騒からも乖離している。
微かに流れるジャズのメロディーが居心地のよい空間を演出し、己一人ならば座った黒い革張りのソファへゆったりともたれることが出来ただろう。
しかし、今の千影はリラックスとは縁遠い心理状況にあった。
「昨日のクラブも空振りだったな。音楽ばかりが五月蝿くて、何が楽しくてやつらはあんな場所に出入りするんだ」
「……感じ方はそれぞれだろ」
「ならお前は?随分慣れた風だったが、よく行くのか」
「まさか、俺だって騒がしい場所は嫌いだよ。調査で仕方なく行くだけ」
頻繁に繁華街へ赴くからといって、千影自身が所謂「イマドキの若者」であるわけではない。
誤解されては堪らないと、顔を顰めて否定した。
場所はあのときのカフェ。
美貌の男に強引に連れてこられた、あの店だ。
穂積と協力を結ぶと決めた日以来、少年は連日のようにこの場所を訪れていた。
今ではすっかり馴染んだ、いつもの席の向かいに座るのは、穂積 真昼。
千影の姿で会うのは、もう何度目だろう。
口をつけたアイスティーを、今では自分からオーダーするようになっている。
「で、今日の場所は……あぁ、この店ならうちの人間も何人か通っているはずだ」
「マジで?なら可能性はあるかも」
さらりと寄越された情報に、思わず身を乗り出しかける。
彼の言う「うちの人間」とは、即ち碌鳴学院の生徒ということだから、容易には聞き逃せない。
首肯する穂積は、汗をかいた手元のグラスに気付くと、ウェイターを目で呼び取り替えさせた。
千影はその何でもない仕草を、ぼんやりと眺めた。
行われているのは、情報交換会。
調査を共に行うようになった彼らは、いつも昼前辺りにこのカフェに集まり、互いの持ち寄せたネタを照らし合わせていたのだ。
ドラッグの取引が行われていそうな場所を千影が教え、穂積は城下町の人の流れや、学院の現状などを提供した。
光のときでは決して手に入れられなかった有益な情報は、千影にとって彼との協力を正しい選択であると思わせてくれる。
ふと脳裏に過ぎったのは、保護者の常と変わらぬ飄々とした顔だった。
潜入先の人間とありのままの姿で会っていること、調査において手を組んだことは、保護者に一切言っていない。
冷静に考えれば、本来のパートナーである木崎に黙って、勝手な真似をしてはならないと理解できる。
「千影」の状態で穂積と遭遇してしまった、最初のアクシデントの時点で、報告するべきだった。
なのに、今の今まで木崎に秘密を持ち続けているのは、単に千影の我侭だ。
一応、少年の中にも言い訳はある。
穂積が信用できるというのは、学院で彼と接して来た己のみの主観であり、確証はない。
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