幼馴染と言えるほど、穂積と付き合いの長い綾瀬の判断ならば、従っておくのがベストだろう。

光の経歴などの調査はデータを漁れば済むだろうし、綾瀬を手伝うよりも、燃えやすいタワーの撤去に取り掛かった方が効率もいいはずだ。

「仁志くんだけに押し付けるわけにはいかないよ。ん、そうだ」
「なんですか……て、綾瀬先輩?」

相手は席を立ったかと思うや、彼のデスクに寄りかかって座り込む仁志の前に回りこみ、しゃがんで目線を合わせてきた。

普段は見下ろす美しい貌を間近にすれば、男の心拍数は簡単に跳ね上がる。

ドッドッと走る鼓動を、ありったけの矜持で押さえつけていたのだが、そんな仁志の努力を嘲笑うかのように、綾瀬は爆弾発言をかましてくれた。

「仁志くんさ、明日明後日ヒマ?」
「ヒマ、ですけど……何かあるんすか」
「一泊二日で出かけたいんだけど、どうかな?」
「はぁっ!?」

今日一番の驚愕に、眼球が飛び出しかけた。

なんだ、どういうことだ。

違う。

どういう意味だ!?

突拍子もない応答に、眼前の美貌がしゅんっとなる。

「都合、悪い?いやかな」
「んなわけねぇ……ないじゃないすかっ。ただ、その、本気ですか?」

いいんですか?とは言えなかった。

一泊二日で外出。

それはつまり、「そういう」ことだろう。

婉曲な言い方ではあるが、察せないほど経験に乏しい男ではないのだ。

どういう意味だと考えつつも、解答欄はすでに埋まっている。

お互い惹かれ合っているのは、薄々ながら気付いていた。

仁志の想いは随分と前からのものだし、サマーキャンプのとき以来、綾瀬も想ってくれているのではないかと確信しつつある。

ただあれ以降、何を言われることもなければ、甘い雰囲気になることもなくて、膠着してしまった二人の間。

碌鳴の環境を鑑みれば、そう簡単に本気の感情で関係を持つことは出来ないと分かっている。

想いが強ければ強いほど、絆を深めれば深めるほど、双方共に負う傷は致命傷になるだろう。

だが、望まれてしまえばNOと言えるはずがない。

いいや、言いたくない。

健全な男子高校生なら当然の欲求に、逆らえるほど枯れてもいなければ淡白でもないのだ。

夏はカップルの関係が進展しやすい季節だと、何かの雑誌で読んだときは鼻で笑ったものだが、今はこの厳しい陽射しに感謝の念すら抱く。

最終確認を持ちかけたのは自分にも関わらず、仁志の頭はすでに旅行先の選択に移っていた。

幸せでだらしなく緩みそうになる口元を、右手で覆い隠したとき。

「長谷川くんの帰省先に行ってみようと思って」
「……はい?」
「紙面だけじゃ分からないこともあると思うんだ。それに、本人に会ってみないことには、彼の本音も読めないでしょう」
「そう、すね……」
「よかった。長谷川くんに会うなら、仁志くんがいてくれた方がいいと思ったんだ」

にっこり。

満面の笑みで言われるも、仁志の心境は「複雑」の二文字がこの上なく相応しい。

先走った自分に幻滅すると同時に、浮ついた気分が地面に叩きつけられる。

悲しい男の性に涙をのむ仁志を、綾瀬は腹黒くも天然にも見える瞳で見つめていた。




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