理由。
SIDE:仁志
「ただいま戻りま……んだよ、誰もいねぇのか」
数日振りに足を踏み入れた生徒会室は、帰省する前と少しも変わらず、書類に埋もれていた。
二学期に行われる行事の数を鑑みれば、当然の結果なのだが、半分以上が決裁済みであるところが各役員の技量を物語る。
学院を出ていた間に追加されている自分の書類を確認しつつ、仁志は自分以外の気配がない室内に不思議な印象を覚えた。
常ならば誰かしら他の役員がいる碌鳴館の一室は、仕事の山が放つ威圧感を除けば閑散としていた。
歌音と逸見の二人は正規の帰省をしているし、穂積と綾瀬はこの時間なら城下町で調査中のはず。
誰もいない状況はおかしくなどないのだが、慣れぬ環境は馴染んだ居場所を見知らぬ空間に変えてしまうようだ。
他人の息遣いが感じられぬ世界で、仁志はこの数日で手に入れた情報を振り返りかけた。
と、そのとき。
「あ、仁志くん。帰ってたんだね、おかえり」
中性的な容姿が麗しい、制服姿のたおやかな麗人が扉を開けた。
こちらの姿を捉えるや、満面の笑みが寄越される。
「お疲れ様です、綾瀬先輩。ただいま戻りました。この忙しい時期に、急に休みとってすいません」
「気にしないで。仁志くん、春休みも家に戻ってなかったでしょ?少しは家族に顔見せなきゃ」
やんわりと言われ、男は曖昧な笑みを返すしかない。
何せ今回の帰省で、仁志は家族の誰とも顔を合わせていないのだ。
そもそもの帰省理由が違うのだから仕方ない話だが、先輩の気遣いを無碍には出来ないし、真実の理由を語ることも出来ない身としては、有難い勘違いだった。
綾瀬はコの字を描くように置かれた、仁志の対面のデスクにつくと、手にしていた数枚の資料を広げた。
パソコンの電源を入れる相手を横目に、併設されている給湯室へと向かう。
「コーヒー飲みます?外回りだったんですよね」
「あ、えっと……」
「城下町の方で何か情報でましたか?俺も合流するんで、調査エリア振り分けて下さい」
食堂のバリスタが淹れたアイスコーヒーは、生徒会室の冷蔵庫に常備されている。
グラスに注ぎつつ話しかけた仁志は、ふと副会長の違和感に気付いた。
「綾瀬先輩、一度寮に戻ったんすか?城下町には、浮かないように私服で出る打ち合わせでしたよね」
「あの、仁志くん……僕、ここ最近は街の調査に行ってないんだ」
「は?」
予想外の告白に、綾瀬へグラスを渡す手が一時停止をした。
氷の涼やかな音が鳴る。
「今は穂積が一人で調査をすることになっていてね」
「なんか問題でもありました」
「特にはないんだけど……」
歯切れの悪い回答に、嫌な予感がした。
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